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第7話 不死


 新兵衛が誰のためでもなく、ゆきただひとりのために戦おうとしている、と幾之助ら三人は察した。その新兵衛に、破戒僧が向かう。目方めかたが人の四倍も五倍もあろう巨体なのに、その重さを感じさせない素早い動き。軽やかに二歩、三歩、そして大上段から放たれた大薙刀の刃が新兵衛を襲う。


 落ちてくる刃に、素早くぱっと横に飛んで交わした新兵衛は、欄干の上に着地したかと思うとその上を疾走する。一方で、空を切ったかに見えた白刃は、はらりとひるがえり白い尾を引いて欄干を走る新兵衛を追う。それが触れるか触れないところで新兵衛は跳躍した。白刃は、飛んだその下を走り、空振りした勢いそのままに、新兵衛を追って振り向いた破戒僧の頭上で旋回をした。


 まるで竜巻であった。回転する大薙刀の中心に向かって、どっと空気が流れたのに誰もが息を呑んだ。


 その風を間近に感じたはずの新兵衛だったが、平然と破戒僧を前にしてたたずむ。まだ太刀は抜いていない。それが一気に間合いを詰める。破戒僧は薙ぎにいった。それを頭上にかいくぐった新兵衛は転がってその横をすり抜ける。立て膝の姿勢で身を起こすと、チンッと太刀のはばきを鞘にはめ込む。


 またしても逃げられたとばかり、ばっと振り向いた破戒僧だったが、ぐらっと揺れて前のめりに倒れる。すり抜けたあの一瞬に新兵衛が破戒僧の右足首を両断したのだ。どんっと破戒僧は床板に両手をついた。天地逆さまとなった背中の櫃から太刀が床にぶち撒かれる。それは斬り殺した者らから奪ったもの。


 それにしてもだ、投げ出された太刀の散らばり様。ここに来るまでにどれだけの者を殺したというのか。野次馬は恐怖で声も出せない。だが、新兵衛にひるんだ様子は見えない。散らばった太刀なぞには目もくれず立て続けに攻撃を加えていた。体を支える破戒僧の両腕の一方、右手に一閃を浴びせたのだ。竹を切った時のように前腕の真ん中あたりがズルッと斜めにずれ、破戒僧の上体がガクッと右側に下がる。


 普通なら、さらに攻撃を加えようものなのに、新兵衛は己の太刀を橋の床板に刺し、破戒僧の手から離れた大薙刀を奪って引きずって欄干に向かう。そして、なんとか刀身を欄干に掛けると、今度は柄の端の方へ移り、そこで力いっぱい大薙刀を押す。ぐいぐいと刀身の重みが新兵衛の体にかかり、三分の一もいかないところで新兵衛の体が浮き始めた。ここで十分とその手を離すと柄の端は跳ね上がった。大薙刀は真っ逆さまに川へ落下していった。


 その間で、破戒僧の足は再生した。すくっと立ち上がって新兵衛を見据えた。その新兵衛はというと、やっと大薙刀を川に落としたところで体勢は、破戒僧に向けてまるっきり背をさらしていた。これは破戒僧にとっては好都合である。ところがどういう訳か破戒僧は新兵衛に向かわず、橋の床板に刺した新兵衛の太刀の方へと向かう。伸ばした右手がその太刀の柄を握ろうとしているのだろうか、先ほど切り落とされて失った手を、まるで有るようにしどろもどろと宙に泳がしていた。


 とはいえ、その手の再生は始まっている。骨、腱、血管、筋肉と手のひらを象っていく。咄嗟に新兵衛は、その手首を抱えるように取ると反転、破戒僧の脇に飛び込む形でその右腕を絞り上げる。脇固めに入ろうというのだ。破戒僧は体勢を崩し、左手を着いた。そこから破戒僧の右肩が床につけば新兵衛は破戒僧を極めることが出来る。


 技に入る流れを左手で止められたにしろ、ほぼ極まっているこの状態なら、力押しで無理やりっていうのが普通である。が、それは相手が常人ならば、の話である。上体を左手一本で支えているはずの破戒僧は微動だにしない。


 いたしかたない。手を放そうかと諦めたそこへ、幾之助、清平、甲冑次の三人が飛び込んできた。破戒僧のもう一方の腕、上体を支えている左手を床から引き剥がしにかかる。三人は新兵衛の意図を察していたのだ。殺せないならば縛り上げるまで。必死に丸太のような左手を、張り付いた床から引きはがさんと三人がさんにんとも歯を食いしばる。


 だが、それでも微動だにしない。こうなると力の差は歴然で、十中八九、形勢は逆転する。幾之助が目配せをした。清平も甲冑次も幾之助がやろうとしていることが分かっていた。


 果たして幾之助は手を離すと破戒僧の顔面を蹴り上げる。と同時に清平と甲冑次が渾身の力を込め破戒僧の左手を引く。ところがそれも徒労に終わる。動かずじまい。幾之助らはかえって自らやる気をそぐかっこになってしまった。固唾を呑んで四人は、互いにたがいを見合う。こうなれば同時に手を離すしかあるまい。


「ちゃんと抑えとけ!」


 血みどろの大石弥太郎が立っていた。目をぎらつかせ、肩で息をしている。


「田岡祐吾の仇!」


 太刀を大上段に振りかぶると気勢の声を上げ、渾身の力で斬り下げた。


 破戒僧の首が飛んだ。


 途端、その上体が沈んだ。


「まだだ! まだ離すな!」と幾之助が叫ぶ。新兵衛は首のない破戒僧を脇固めに極め、幾之助ら三人は掴んでいた左腕に体ごと乗せて押さえつける。果たして破戒僧の頭部は再生しだす。脳、目、頭蓋骨、筋肉と顔貌かんぼうを象っていく。


「くそっ!」と弥太郎は怒鳴ると破戒僧の背に乗った。するとどうだろう、見物していた黒山の人だかりに変化が起きる。そこから一人、また一人と破戒僧の上に乗ってくる。瞬く間に人の山が出来上がった。


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