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第69話 虫の息


 鵺の鳴き声はいまだ収まっていない。安吾もたえも気を失ったままなのだ。その一方で瀕死の乾がそこに向かおうとしている。たどたどしく歩き、連台の前にひざまずく。その道筋には血の跡が点在していた。空心が言った。


「賢いおまえならもう察していると思うが、この『月読』、上がった暁には褒美が与えられる。おまえもそれがねらいだったのじゃろ、残念だったな、乾。わしの勝ちじゃ」


「聞き捨てならんな」


 島村寿太郎が立っていた。


 続いて、頭を振りながら小笠原保馬が、そして河野万寿弥こうのますや、小畑孫次郎、森田金三郎と身を起こす。寿太郎と保馬は親族でもある武市半平太の介錯をし、他は皆、拷問で地獄を味わった者たちであった。否が応でも胆力は、常人とかけ離れている。


 驚いたのは空心である。その目をまん丸にしているところを、新兵衛は見逃さない。喉を掴まれた空心の腕を、己の体重を利用して引き伸ばし、三角締めに固めた。たちまち空心は落ちてしまった。


「新兵衛、殺すなよ」


 寿太郎が言った。保馬が駆け寄ってきて気を失っている空心の手から桐の箱を奪い、寿太郎にひょいっと投げる。それから手際よく空心に縄をかけた。


 寿太郎がしげしげと桐の箱を舐め回すように見ている。それが言った。


「こやつには訊かなくてはならんことがある」 


 縛られ、身動き一つ出来ない空心に、保馬の平手が打たれた。目を覚ましたところに寿太郎が言う。


「褒美ってなんのことじゃ」


 空心が言った。


「上がってみてのお楽しみじゃ」


 挑発されたと思ったのか、寿太郎は空心を蹴りあげた。「新兵衛っ、続きじゃ」


 蓮台の周りには安吾、たえ、乾が横たわっている。特に、乾は虫の息である。地面には血だまりが出来ていた。もう手の施しようがない。


 虫の息というなら新兵衛も一緒だった。蓮台の片隅に手をついて膝を落とし、なんとか腰を落ち着けた。そして、札を見渡す。たえが捲った二枚を、鞍馬天狗との戦いでまったく見ていないのに気づく。休憩を取ってからの枚数は十一枚であった。そのうち安吾が『鞍馬天狗』を消した。現在の場は九枚。



 捲られてない札

 『雲の図案』

 『雲の図案』

 『雲の図案』

 『雲の図案』


 新兵衛が捲った札

 『刀鬼』(化物発現中)


 新兵衛は戦闘中、札の位置は未確認 ※たえが捲った札

 『雲の図案』………『月読』(単体、この遊びの支配者)

 『雲の図案』………『大蛸』(化物発現中)


 安吾が捲った札

 『大鯰』(化物発現中)

 『鵺』(化物発現中)


 捲っていないのは四枚。そのどれを引いても重なる札がある。だが、新兵衛の場合は捲ってないのと同様な二枚があるから六枚の内から選ばなければならない。しかも、新兵衛の番で終わらせるならば、すでに捲られているはずの『月読』には絶対に手を出せない。連続して捲っていけるという特典はその時点で失うのだ。


 もし、それを犯してしまい、たえに回ったとするならばどうだろう。鵺がまだ頭上にいるのだ。空心が言うように結界が必要となってくる。どういうわけか知らぬが、乾を殺さんとした男だ。なにを仕掛けてくるかわかったものではない。やつを自由にさせることは絶対に出来ないのだ。


 とするならば、間違いなく、『刀鬼』、『大鯰』、『鵺』の相方を狙ってゆくしかない。たえが二枚を合わせられなかったのは場の数を見てわかるし、たえが引いた札の内、『月読』が混じっているのも、発現している化物の数からみても、まず間違いない。


 にしてもだ、『月読』の位置が知れるのと知れないのとでは雲泥の差だ。もし、確認している『刀鬼』、『大鯰』、『鵺』の三枚とそれの相方をうまく消していけたとしても、やはり行きつく先には『月読』が混ざった三枚が残る。


 あるいは、たえが引いた二枚のうち、『月読』ではなく、わしが引いた『刀鬼』を過って手にとってしまったというならばどうだろう。それならたえは、実質一枚しか引かなかったと同じで、全く引かれていない札は四枚ではなく、五枚だ。


 たえが引いた発現中の化物一体が今、どこで何をしているか知らぬ。が、その化物をわしが引いたとしても後がなくなる。五枚の中からそれだけを狙い、捲らなければならない。


 いずれにしても、勝負はたえの番でほぼ決するだろう。初手で『月読』さえ引かなければ最後まで行ける。たえが『月読』の場所を知っていたなら、尚更だ。もし、どこかで『月読』を引いたとしても、後に続く安吾がいる。


 結界が必要になるかもしれない。それで空心を殺さなかったのは幸運だったのではないか、と新兵衛は思うようになっていた。


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