第68話 思念体
闇にやっと目が慣れた新兵衛は状況を把握した。見渡せば、意識を保っていられたのは自分の他に乾と空心だけだった。空心が言った。
「小松殿は予想出来たが、乾殿もとは」
『鵺』は夜鳴く凶鳥、あるいは雷獣とも言われる。天皇を祟ったことから、天に仇なす災いの象徴であり、合成獣としての異形から混沌の象徴とも、雲の中に潜み正体不明であることから不気味な物の象徴とも、とらえられていた。
新兵衛らを襲った奇妙な音はというと、その『鵺』の鳴き声である。ヒョーヒョーと甲高い音は直接魂に働きかけ、まずは魂を穢し、そして蝕み、最後は崩壊させてしまう。
ただ、万人までも、というわけでもない。一部の豪胆な、あるいは気力優れた者には効果を示さない。空心は、耐え得るのは新兵衛だけだと踏んでいた。あの鞍馬天狗と堂々と渡り合ったのだ。常人とは違う。だが、乾はというと、予想外であった。
仏道修行を積んだ空心は思うのである。生れ付き力が備わっていたとしても、良い師に出会い、段階を踏んで修行しなければ、力はないのに等しい。
乾にはそれがない。例えばこの年に帰らぬ人になった高杉晋作という人物。幕府の長州征伐軍を撃退したことで知られるが、一時は出家して東行と名乗った。そういった遍歴の欠片もない乾がどうして卒倒せずに立っていられるのか。
偶然にも、乾は独自の気息法を編み出していた。子供のころ、病を患って中耳炎となった。以来、耳の痛みは取れず、それでも友達に誘われるがまま川にいって何食わぬ顔で泳いでいた。
中耳炎の痛みは生半可ではない。そこにきてさらに耳に水が入り、病状は悪化していく。耳は全く聞こえなくなり、痛みは凄まじい。乾は子供ながらに耳に詰まっている膿が原因と考えた。時たまそれが耳から流れ出る。そして、偶然にも舐めたその味が、それも時たま喉を通る粘液の味に似ていると感じたのだ。それで耳と鼻が繋がっていると想像した。鼻から吸った息を耳から抜くことはできまいか。乾はその修練を行った。
そんなある日、耳から膿が噴出した。鼻からの空圧で耳管が通ったのだ。現代なら鼓膜切開が必要なところを乾退助は自らの力でそれを成し遂げたのだ。
これをきっかけに乾は気息法に悟るものがあった。以来、体温の調整から感情の操作まで様々なことを試した。そうするうちに並はずれた胆力を得ることになる。
乾の強さの源はそこにあったといえた。あるいは、それが乾を変人に見せたのだろう。少なくとも、新兵衛は乾を変わった男だと思っている。
「まぁ、良いわ」
空心はそう言い放つと、拳銃をぶっ放した。暗闇で目が利かぬ間に安吾から奪ったスミスアンドウエッソンである。それが乾の腹に命中した。返す刀でその銃口を新兵衛に向けると引き金を引く。
カチッと撃鉄が落ちたのみで銃口は火を噴かなかった。空心は弾ぎれを悟る。即座に駆け寄ると新兵衛の喉を鷲掴みにした。
思念体といえども空心のは違った。ドッペルゲンガーというものがある。己の知らないところで自分そっくりな人間が第三者に目撃されたり、己自身がそれを見たりする。もしそれについて何かを述べろと空心が言われたならば未熟者めと言い放つであろう。空心のは自由自在でほとんど生身の体と変わらず、その上で姿かたちさえ変えられた。
そういう点からいえば化身と言っていい。上杉謙信で例えて言うなら毘沙門天がその正体ということになり、その考えで言うならこっちの空心にとって向こうの世界の己は神や仏となるのだろう。
だが、それは言い過ぎかもしれない。分身の域から少し出た程度なのだ。それに本体は神や仏ではない。事実、向こうの空心は座禅を組むにしても人の手を借りねばならぬほど年老いていて、やはり生身の人間なのだ。
あるいは、アバターと言った方がいいのか。それは現代の電子社会で言うワールドワイドウェヴ上のインターネットコミュニティーで本人になり替わり活動させる存在。
それから言っても、阿部多司馬に、おまえの体に聞いてやってもいいぞと脅された空心が、思念体だから拷問は効かないと答えたのもうなずける。思念体自体は効かなくはないが操っている本人は別世界にいるのだ。
その空心の握力は尋常ではない。鞍馬天狗と対等に戦ったあの新兵衛でさえ、動きを完全に封じ込まれている。これも現代風に言うならばカスタマイズ。
だれの追随をも許さない。それだけの潜在能力はあるし、修行量も費やした歳月も他を圧倒していた。
勝ち誇ったのか、空心が言った。
「あとはあの子供たちとわしとでやる。なぁに、心配いらぬ。わしが手を下さずとも先はもう見えたし、結界なぞは、小さいのであればわしのみの力でつくれる」




