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第67話 高知城


 奈落の底に落ちる寸前だった。後から島村寿太郎やら小笠原保馬やら何人かが駆けつけ、始めに来た田辺豪次郎や小笠原唯八、謙吉ごと、乾、弥太郎、そして蓮台を引き上げた。


 丁度この時、揺れは小さくなった。蓮台を囲んで一息ついたはいいが、考えたのは十三年まえの寅の大変、いわゆる安政南海地震である。


 あの時も十二月であった。突然起こった津波に何からなにまでさらわれ、城下は瓦礫と化した。それと同じことが起きる。


 果たして城下に津波が押し寄せた。幸運と言っても良いのだろうか。大蛸から逃れようと人々は内陸に向かっていた。結果として津波が城下町を呑み込んでいくのを人々は小高坂村の小山で目の当たりにした。鏡川と江ノ口川が増水し、その水が町に入って縦横無尽に通りを駆け巡り、さらには家屋を押し流していく。


 驚くべきは大蛸である。波に押されるがまま家々を潰していったかと思うと触手を伸ばし高知城の本丸御殿にへばり付いた。瓦礫が渦巻く潮の中は随分と居心地が悪かったに違いない。逃れるように上へ上へ進み、あげくに天守閣にぶら下がってしまった。そこから八つの触手をぎりぎりと締め上げ、半分波に浸かっていたその巨体を全て海中から引き上げた。


 天守閣はというと、傾き始めた。地震で大蛸を支えるだけの強度を失ったのか、触手で骨組が痛めつけられたのか、あるいはその両方か。小山で見守る人々の叫び声とともに、大蛸もろとも天守閣は倒れていき、海の藻屑に消え去った。


 唖然とする以外ない。日頃より崇めるように見上げていた。それが忽然と消えてなくなってしまったのだ。衝撃は並大抵ではない。魂が抜けてしまった様に皆、瞬きもせず口を半開きさせている。その中にゆきの顔もあった。


 高知城が倒壊する光景を見ていないにしろ空心の「ここが海の近くでなくて幸運だったとだけ言っておこうかの」と言った意味が、乾らには十分理解できた。十三年前の震災を知っているのである。確かに、海で起きることは海の化物が原因って訳ではない。


 一方で、空心が化物の全てを教えなかったのにも頷ける。聞けば恐ろしくなってひるんでしまうのだ。『大鯰』は他の化物と違ってそれはある意味、根こそぎなのだ。しかも、広範囲に及ぶ。土佐だけではない。


 文明の破壊者。転じて『大鯰』は世直し、救いの神とも呼ばれている。しかし、そう呼ぶにはあまりにも軽率過ぎる。商人たちには莫大な利益の象徴として崇められているとも聞く。


 そんなことで世を変えられたらたまったものではない。早急に勝負を決する。地震は短い時間で終わろうが、津波は長々と続く。「安吾!」と乾は強く呼ばわった。


 安吾はというと、新兵衛のそばに寄り添っていた。たえも一緒にいて新兵衛の頭を抱いて守っている。乾はもう一度、「安吾!」と呼ばわる。


 はっとした安吾は、いそぎ蓮台に駆け寄ると担ぎ棒を手に取って新兵衛の前に引きずっていく。そして、その周りを右へ、左へと動く。どうやら己のいた位置を探っているようだ。札の場の景色と記憶を重ね合わすと安吾は、正しい位置に蓮台を直し、新兵衛の横に戻った。


 いまだに現れてない化物は一体。つまり二枚一組は全く手付かずである。捲ってない札は五枚。そこから『刀鬼』、『大蛸』、『大鯰』のいずれかを引き当てる。成功の確率は六割。



 捲られてない札 ※一体未発現

 『雲の図案』

 『雲の図案』

 『雲の図案』

 『雲の図案』

 『雲の図案』


 新兵衛が捲った札

 『刀鬼』(化物発現中)


 たえが捲った札 ※新兵衛は戦闘中、札の位置を未確認

 『月読』(単体、この遊びの支配者)

 『大蛸』(化物発現中)


 安吾が捲った札

 『大鯰』


 安吾は五枚のうち一枚を選んだ。そして手に取る。


 猿の顔、虎の胴、蛇の尾っぽ、と『鵺』


「大あたりじゃぁ!」


 唐突にそう言った空心に視線が集まる。誰もが、どういう意味だろうと思った次の瞬間、空が暗転した。太陽が沈んだとか、そんな生やしいものではない。


 皆既日食。


 新月であったのもそうだが、地球は一年で太陽を一周し、月は一月で地球を一周する。その道筋は互いに五度の傾きでずれていて、その交点付近に太陽があった。


 だからといって、月が地球に落とす影の中にいなくては、皆既日食は観測できない。果たして青い地球の表面をゆっくりと動く黒い円が日本列島をすっぽりと覆う。


 空心は言った。


「よかったの、『牛鬼』を片付けておいて。この後では目も当てられん」


 にわかに東の方角が黒雲立ってきたと思うとその一叢ひとむらが向かってくる。それが頭上に覆いかぶさると、まるで竹笛の音色に遠心力が働いたような、奇妙な音がした。


 途端、小笠原謙吉が卒倒した。続いて田辺豪次郎、小笠原唯八と倒れ、阿部多司馬も上田楠次も森助太郎もみんな昏倒する。明らかに、この奇怪な音の仕業であり、それは黒雲の中で鳴っていた。


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