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第66話 亀裂


 牛若丸のような美青年と『鞍馬天狗』


 みごと引き当てたのだ。誰もがあっけにとられて言葉を失っている。そこに今度は『雲の図案』の札を掴み、高々と掲げると気合一閃床板に叩き付ける。


 どうだ!


 牛若丸のような美青年と『鞍馬天狗』


 二枚は跳ね上がり空心の持つ桐の箱に収まったかと思うと瞬く間に鞍馬天狗も渦に巻かれその中に消えた。


 そうなのだ。もし安吾が『鞍馬天狗』の相方を引き当てていなければ次は新兵衛の番。つまり、進みようがない。だとしたら、今のがもしかして勝負所だったのではなかろうか。そして、安吾はそれを立派にやり遂げた。たえも小笠原唯八も大石弥太郎もみな嬉しくて安吾に抱き着いた。


 新兵衛はというと、両膝を突き、天を見上げて呆けている。すでに刀鬼は落ちている太刀を拾い集めていて、それを両腕に抱きかかえ、もう立ち去ろうというかまえだ。あちこちの村々を彷徨った揚句、また城下へ向かうのだろう。因みに背中の櫃は鞍馬天狗の放った背負投げで全壊している。であるから、その格好はまるでさまにならない。見様によっては投げられたおひねりを拾って申し訳なさそうに去っていく旅芸人のようであった。


 唖然とそれを見送ったはいいが、はたと新兵衛のことを思い出す。新兵衛は倒れており、安吾もたえもみな一斉に駆け寄って、大丈夫かと声をかける。すでに瀕死であるにもかかわらず、新兵衛は大丈夫だと答えた。


 抱き起され、数人で支えられている新兵衛の前に蓮台が持って来られた。安吾もたえも新兵衛のすぐ横についていて一緒に腰を下ろす。


「だれの番か?」と虫の息の新兵衛。


「わしの番だよ」


 笑顔を見せて安吾が言った。


「そうだったか、安吾が天狗を消してくれたんだな。ありがとう」


 新兵衛は笑顔を返す。そして、札の場に視線を移す。



 捲られてない札 ※二体未発現

 『雲の図案』

 『雲の図案』

 『雲の図案』

 『雲の図案』

 『雲の図案』

 『雲の図案』


 新兵衛が捲った札

 『刀鬼』(化物発現中)


 たえが捲った札 ※新兵衛は戦闘中、札の位置を未確認

 『月読』(単体、この遊びの支配者)

 『大蛸』(化物発現中)


 果たして現在発現している化物は『刀鬼』と『大蛸』の二体で、単体の『月読』が一つ。捲られてないのが六枚あり、『刀鬼』と『大蛸』の札の相方を除けば、対を為す札は二組。つまり依然としてまだ二体、化物が札の中に潜んでいる。発現している化物を消す確率はというと、六枚の中、二枚で成功率は約三割程度。奇跡を信じるしかない。安吾が言った。


「やるよ。小松さん」


 うなずく新兵衛。それにこたえた安吾は気合十分、札の場に手を伸ばす。が、取った札は見たことのない絵柄だった。


 真っ黒い背景に鯰と『大鯰』


 地鳴りが響いたかと思うと地面が揺れた。地震である。体を大きく揺さぶられて動くこともままならない。その一方で、札が乗った蓮台はというと、右に左に勢いよく滑っていっている。だがそれも、やがては収まる。蓮台は十歩ほど離れた位置に移動していた。


 取りに行こうと皆が動いたちょうどその時、また地震が始まった。今度は先ほどより大きく、また、揺れる動きも異なっていた。始めの地震は東西に揺れていたが、今度のは南北の動きも相まってほとんど円を描くようである。


 立っていられないどころか、足元がすくわれた。皆、次々に転んで背中で地を打つ。それでもどうにかこうにか這いつくばっていると、山のあちこちで地滑りが起こっているのが目に入った。木々が根こそぎ持っていかれ、もくもくと砂煙を上げている。


 山が崩れる音が伝わってきたものなのかどうか、足元の地中からも、その音が聞こえた。束の間、地面に裂け目が走ったかと思うと徐々に大きく口を開けていく。


 それが広がるほどに地面を走る亀裂は先へ先へと進み、その道筋の先に蓮台があった。


 背筋が凍った。


 もがくように這っていって、蓮台に到達したのは乾、弥太郎、豪次郎、唯八、謙吉の順である。蓮台の担ぎ棒の端を握ったのはそのうち乾と弥太郎で、後から来た者らはその背中や足にしがみついた。


 亀裂はみるみるうちに口を開き、蓮台の担ぎ棒の一方が向う岸にかろうじて突っ掛っているだけであった。


 だが、それも外れた。蓮台は乾と弥太郎が持つ端を支点に大きく四半円を描いて奈落の底にぶら下がった。


 息を呑んだ。


 なんとか蓮台は落とさずに済んだものの札は舞い落ちてしまった、と思った。が、札は板に張り付いて微塵も動いていない。


 ほっとしたその矢先、今度は乾と弥太郎の身が危険にさらされる。以前として続く地震に、崖の端が崩れ始めたのだ。ガラガラと奈落に土の塊が落ちてゆく。


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