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第64話 坂本龍馬


 新兵衛が立つ位置から少し距離を置いて、大薙刀で腹をさばかれた池知退蔵の遺骸がある。その太刀は刀鬼に与えるために弥太郎が拾っていって、もう無い。だが、退蔵自らがつくった木刀がその腰に残されていた。新兵衛は走り寄ってその木刀を取った。そして、代々伝わってきた己の太刀を鞘ごと腰から抜き取り、投げた。


 太刀はゆっくり弧を描いて、地面に落ちるとカチャっと金属音を立てた。


 太刀を捨てる。やっぱり悪ふざけだと思った。ひとしきり自嘲すると、こんな手の込んだ運命を用意するのは一体どんなやつかと考えてみた。


 ふっと顔が頭に浮かんだ。


 当然、先祖の顔なんて知らない。父でもない。思い浮かんだのは、龍馬。


 龍馬のやつに違いない!


 そう思うとなんだか楽しくなってきた。あいつらしいと思えるし、こんな悪戯じみたことを仕出かすのは龍馬しかいない。それであいつはおせっかいのお人よしだ。


「おまえは強いよ」


 龍馬はいつもそう言ってくれた。強さなんて興味なかったし、人を殴って力を誇示することも嫌いだった。あいつもそうだったろう。だが、あいつは口が立つ。それで何度も助けられたことか。その時いつも龍馬が言うのだ。わしなんかより強いおまえを、なんでわしが助けなければならんのじゃ。


 龍馬め。


 涙が頬を伝わってくるのが分かった。こりゃ、仕返しか?


 疾風に駆け、新兵衛はすでに戦いを繰り広げている鞍馬天狗と刀鬼の間に割って入った。


 凄まじい戦いを始めた一人と二体。蓮台は、がら空きとなっていた。「いけ!」という乾の声に安吾とたえは蓮台のまえに滑り込む。乾らも走り寄り、戦いに警戒しつつも札の場を覗く。


 一度、大きな息を吐いたたえが一枚捲る。


 円形に並べられた三十個の満ち欠けした月と『月読』


 『月読』の絵柄が姿を現したことで、皆は心臓を鷲掴みにされてしまった。たった一枚の紙切れであるが、この世界の支配者。雷神や大百足、鞍馬天狗なぞこの札に比べればかわいいもの。


「ここはわざと、捲った札をもう一度、捲ってみてはどうか」


 そう言う阿部多司馬に一同、はっとした。


 確かにそうである。『月読』は半端な札なのだ。次に捲っても化物を消す機会はたえには与えられていない。多司馬が言いたいのはいたずらに化物を増やすなってことなのだ。


 しかし、多司馬のこの発言。『月読』に不正と取られるのではなかろうか。言った傍から多司馬は、はたと気付いて固唾を呑む。そして、空心に視線を向けた。他の者らの視線も空心に集まっている。空心はというと、にやりと笑い、言った。


「きわどいが、大丈夫じゃな」


 ほっと一息ついた多司馬は、勢いを取り戻す。「たえ! 分かっているよな!」


「いいや、行こう」


 そう言ったのは乾だった。たえが『鞍馬天狗』の片割れを引くかもしれない。だとしたら続く安吾がそれを逃すはずもない。誰もが互いに顔を見合わせた。


「行こう」


 皆がそう答えた。あの凄まじい二体と一人の戦い。その均衡がいつ崩れるか分かったものではない。鞍馬天狗の笑顔から遊んでいるようにも見受けられる。やつはまだ本気を出していないのだ。


 たえは己のやるべきことを十分理解していた。絶対に『鞍馬天狗』の片割れを引き当てる。大きく息を吸ったかと思うとたえは、えいっ、と札を一枚捲った。


 家々を下敷きに暴れる蛸と『大蛸』


「はずれか!」 みな手を打った。


「そうでもない。じゃが、あたりでもない」


 そう言った空心に視線が集まる。いつのまにか姿がそこにあった。「考えてみろ。ここは山じゃぞ。大蛸が海から這い上がってここまでくるのに何日かかると思う。そういう意味でいうならあたりじゃ」


 弥太郎が言った。


「それで海辺でないのは幸運だと言ったのだな」


「ちょい違うな」と思わせぶりの空心。「化物が怖いのではない。海自体が恐ろしんじゃ」


 まだ海に関する化物が残されている、それもかなりのやつが。残り十一枚。それからして化物は五体となる勘定だ。今しがた捲った『大蛸』を含めそのうち三体はもう発現している。となれば、海に関する化物は残りの二体のうち一体か、あるいはその両方か。


 が、しかし、と思い直す。これ以上の化物がいるとして、蛸の方はどうだ? その絵だけでも十分に恐ろしい。その巨体もさることながら押し潰されている家はというと、あまりにも小さい。


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