第52話 勅命
謝罪に対して責める気は毛頭ない。空心は、小笠原唯八を軽くあしらって首領である乾退助へと向かい、その乾に挨拶を済ませると札の場の前に立った。札の数を確認し、次に、ざっと並んだ顔を見渡す。子供が混じっているそこに目を付けた。
「これを始めたのはお嬢ちゃんと坊かな?」
安吾が言った。「わしじゃ。川で拾った」
「難儀させたな。で、この状況で一枚も減っていないところを見るとお手付きでもしたのかな」
安吾が言った。「わしじゃ。ねいちゃんの途中で触った」
だれも口を出さない。空心に好きなようにさせていた。
「何回順番を回した?」
「一回」
「すると坊が一番目でお嬢ちゃんが二番目か?」
どうも安吾はしっくりこない。自分たちとほとんど年端の変わらぬ者に坊とかお嬢ちゃんとか言われている。
「坊じゃない。わしは安吾じゃ。おねえちゃんはたえじゃ」
「これは悪い悪い。ついつい癖でな。それでどうじゃ? 順番を一回まわしただけならわしも入ってやれるのだが」
「ごめんな。おねえちゃんが一番で、わしが二番、それで小松さんが三番じゃ」
この言葉で空心は自分が入れないことを察した。順番は一巡し、それでたえの番で止まっている。残念な気持ちを大きな呼吸で心の奥に仕舞い込み、言った。
「小松さんというのはだれかな?」
一斉に、皆の視線が新兵衛に向かった。「あ、初めまして」
「こちらこそ」と空心。深々と頭を下げる。「ことの成り行きを説明してくれぬか?」
「え? いや、それは乾さんに」
「どうしてじゃ、そなたが一番よく知っているのじゃないのかな?」
乾が割って入った。「いいよ、僕が話そう」
乾は、十二月六日に『札合わせ』が始まって以来、藩庁に召集を掛けられたことや、藩校致道館に集まったこと、演習しながら鏡村に入ったことも、化物たちと戦ったことも全て、空心に話して聞かせた。ただし、あくまでも新月のこととか己の推測は省き、あったことだけである。空心はというとその間、無いはずの顎髭をあたかも有るようにして己の顎を撫で撫で聞き入っている。その動きが、あまりにも板についていて気味が悪い。
話を聞き終わって空心は、いままでにない険しい顔を見せた。眉間に皺を寄せ、目をがっと見開いている。なにか問題でもあったのか?
皆が不安に駆られているところへ、やっと空心が口を開いた。
「あなた様らはもしかして土佐勤皇党の方々ではあるまいか?」
どんな化物の話よりもなによりも、空心はそこが気になったとみえる。
「そうだ」と大石弥太郎は誇らしげに答えた。空心が続ける。
「乾という姓を聞いたことがあるが、もしかして倒幕の雄、土佐のあの乾様か?」
「そうだ」とおせっかいにもまた弥太郎が答える。
うーむと空心は唸ると目を瞑った。一方で、空心の仲間らはというと、殺気立っていた。
「いや、まずは終わらせることが先決じゃ」
空心は配下を見もせず、伏した目線でそう言った。そして、視線を上げ、乾らに向けて言う。
「わしらは四年まえに恐ろしいめを見た」
だれもが察した。尊皇攘夷運動が頂点に達したのがちょうど四年まえ。空心の言う恐ろしいめ、とは浪人らが大和国で決起したいわゆる天誅組の変を言っている。そこで土佐勤皇党出身者が中心的な役割を担っていたことは、あまりにも有名だった。
「じゃが、今は恨もうはずもない。われらは私心を捨ててここに来たのじゃからな」
空心はさらに続けた。
「金光院は後醍醐帝の勅命を受けていてな、代々この桐の箱『月読』を守っておった。それが百六十年以上も前に紛失してしまって、以来われらは『月読』をずっと探しておる」
やはりな、と乾は思った。『月読』という名。昨日新兵衛が当てた札、月の満ち欠けしてる絵がこの『遊び』の肝であることを暗示している。そして、いままでの推測もあながち間違っていないと確信した。そう思う一方で乾は、空心が嘘を言っているとも思った。後醍醐帝は南北朝時代の天皇で南朝側だが、その南朝は吉野朝とも言い、吉野山はその頃、高野山とは犬猿の仲であった。それもそのはず、高野山は北朝にくみしていたのだ。だが現時点、それは言うまい。空心らが色々知っているのは確かだし、いまそれを突っ込んで、諍いになるのも厄介だ。
大石弥太郎が言った。
「空心院主、もしかしてあなたたちはあちら側の世界からきたのではあるまいか?」




