第51話 『高野山金光院院主』
「隊列―っ 組め!」
小笠原唯八の一声に、皆が並んで銃を構える。
「唯八、僕が言うまで撃たすなよ」と唯八に耳打ちする乾。
一方で、乾らの一糸乱れぬ動きに、ほほーっと声を上げたのは若い僧である。立ち止まって右手を挙げる。すると他の僧らが若い僧の元に集った。
その僧らの動きに、討伐隊の誰もが疑問に思った。やつが首領か? と若い僧を照準から外し、両の目でうかがう。
どう見てもちぐはぐなのだ。たおやかな青年が屈強な男らを侍らせている。考え得るなら、高貴な生まれか? 公家の二男、三男は寺に入るのを余儀なくされる。それなのかと、引き金に触れる指も緩んでしまっていた。
それを唯八は見逃さない。「気を抜くな! ここでは何が起こるか分かったものではない」
その通りだと、だれもが思った。隊に漂った緊張の緩みがまた張り詰める。
そういったことを含めて若い僧は、ふーんと感心した目で土佐藩兵を眺めていた。さすがに土佐者は違うなと思いつつ、このまま睨みあってもつまらんし、と気を取り直し、声を出す。
「わたしは高野山金光院院主、空心というものだ。桐の箱を探しに来た。ご存じあるか?」
そうは言ったはいいが、若い僧は思う。土佐藩兵がじきじきにお出ましともなれば是非もない。そして、この状況。桐の箱が彼らの手の内にあるのは必定。強引に、ってことも考えられるが、そこは初見である。もしかして、話しに乗ってきてくれるかもしれないし、ここは刺激しないためにも謙虚な態度で臨みたい。
唯八らはというと、僧から投げかけられた言葉に戸惑いを隠せなかった。隊員はおのおの勝手に、桐の箱? なぜその存在を知っている? やはり高貴な出で、桐の箱はあやつの持ち物か? と喋り出す。気を抜くなと言ったはずの唯八も、隊員を叱責せず、乾を見て判断を待っている。
乾は、そんな隊員の戸惑いを察したのか、察しないのか。やっと口についたのは「銃口を外すな」との一言だけで、また押し黙ってしまった。
仕方ないなぁと唯八。ご存じあるか? ってガキの僧が尋ねてきているんだ。この狼狽えぶりじゃぁ、知っている、ってバラしているようなものじゃないか。それなのに銃口を外すなって、退助め、これはドンパチやらかすな。そう思いつつ、唯八は隊に命じた。
「お前ら、なにをやっとる! 銃を構えよ! 私語は許さん!」
空心はというと、だんまりを決め込む土佐藩兵に、どうしたものかと考えた。兵が最新装備であることから見ても一筋縄ではいかないのは分かり切っている。問題なのは指揮官だ。近づくにはこちらから言葉を発しなければいけない。そして、それを相手は待っているはず。さてはて、問題はやつらにどこまで教えてやるかだが。
「実は桐の箱はわしらの持ち物だったのじゃが、失のうてもうてな、取り戻しにきた。箱の中には札が二十一枚入っている。絵柄は雲の文様じゃ」
まずは、見た目だけを言ってみたが土佐藩兵の動きはない。食いついてこないのに、空心が続ける。
「この地形は『雷神』が造ったものじゃろ? 知ってのとおり、桐の箱は忌むべきもの。見た所、御仁らも散々な目にお会いになったようじゃ。終わらせるのに協力させてもらえぬか?」
そこまで言って、空心もだんまりを決め込んだ。土佐の指揮官はどう出るか。
空心と名乗った若い僧の揺さぶりは絶妙だったとしか言いようがない。これで高野の一団が『遊び』に精通していることは乾らに知れた。しかも、精通するであろう彼らが協力してくれると言っているのだ。いままでは、ほとんど乾の推測でことが進められてきていた。ある意味、それが乾への求心力となっていたといえよう。その一方で皆の心には、推測の域から脱し得ない現状への不満が絶えず付きまとっていた。それがやっと、解消するというのだ。
もしかして世界が分かれたなんて世迷いごとだと一蹴してくれるかもしれない。そんな一縷の望みに、皆の表情が明るさを見せた。乾はというと、その想いを止めることは出来ないし、そうするつもりもない。だが、そのまんま高野の一団を隊に紛れ込ませては、彼らが味方だったとしても、組織として危険極まりない。そう乾は考えていた。問題はだれに高野を面倒見させるかである。唯八という手もあるが、彼は指揮官である。やはり隊長の中から人選するのが順当であろう。朝からの様子からみても、人あたりの良さからみても、大石弥太郎がうってつけだろう。
「大石君、やつらは君に預けるよ。君は一番隊を離れ、高野隊の隊長だ」
乾はそう言うと矢継ぎ早に、唯八にも命じた。「唯八、かれらのところに行って、銃を向けたのを謝って来てくれ」




