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第5話 スペンサー銃


 幾之助が言った。


「乾さんの家とは反対方向じゃ!」

「では! 破戒僧の方か!」


 ほっとしたはいいが肝心の甲冑次がすっ飛んでいく。話は道中で! と言ったはずだったが、もうそんなことは忘れているようだ。廿代橋にじゅうだいばしの対岸でちらっと一回だけ振り返っただけで、待つ気なぞさらさらなく川沿いを先に走っていく。


 それを見失わないよう幾之助も清平も必死でその背中を追った。やがて高知城を左手に見上げたのだが、幾つもの銃声に幾之助も清平も緊張の糸を緩ませる。「討ち取ったか!」と清平。


 どうやら決着がついたようだ。足を止める。が、どういうわけか前方の甲冑次は速度を上げていた。見る間にその背が遠ざかっていく。そこにまた一斉射撃の銃声である。「まだだ!」と幾之助。


 城下四ヶ村のうち、江ノ口川の北は小高坂村こださかむらでそこには準城下の越前町、大膳様町、西町がある。その大膳様町と城下町を結ぶのが常通寺橋で、まさにそこが騒ぎとなっていた。城下側のたもとは黒山の人だかりで、ボタンの入った上着にズボン姿の藩兵が十五六人ほどで橋の真ん中に陣取っていた。彼らは橋を封鎖していたのだ。二列の上下二段で洋式銃を構え、大膳様町の方へ向けて一斉にぶっぱなつ。


 越前町を抜け、大膳様町に入った甲冑次が砂塵を上げて止まった。藩兵が陣取り、人々が騒ぐ常通寺橋はまさに目前である。これより先は流れ弾があるやもしれぬと甲冑次に追いついた幾之助も清平も足を止める。


 明らかに藩兵の様子がおかしい。緊張状態で、銃を水平にした状態を解こうとしない。さらにその藩兵の背後では、町家の下士らが大勢、太刀を手に手に騒いでいる。


 また、藩兵が発砲した。銃はスペンサー銃。これに比べれば元込め式のミニエー銃なぞもはや時代遅れだと言っていい。なんせスペンサー銃は七連発なのだ。長州藩の垂らすよだれを尻目に、坂本龍馬が千三百丁もの大変な数を汽船でごっそり土佐に持って来ていた。


「破戒僧でもなさそうだが」


 幾之助らからの視野は横からなので、藩兵の狙っている先がどうなっているのか建物に遮られて分からない。状況から察するに敵は大勢だと幾之助はふんだ。清平も同じように思ったろう、小高坂の下士らが暴れていて、それを藩兵が鎮圧している。そう考えた清平が鯉口を切った。小高坂村は清平の在所なのだ。


「まて! まて!」と幾之助がつかを握る清平の手を抑えた。「おかしいではないか。白札のお前抜きで郷士、庄屋らは騒がんぞ」


 白札というのは下士と上士の中間に位置する身分である。準上士ともとれるが、世間の繋がりから言えば下士の最上位とする見方でまず間違いはない。幾之助も白札で、それがために今日、清平と二人して監察府に出向くはめになった。


「それにわしらはついちょっとこの前、七郡こぞって乾さんに同心すると決めたではないか。だれも勝手は起こさんぞ!」


 命は取られずといえども、土佐勤皇党には終身禁固処分を受けた者が何人もいた。その者らは乾退助らの運動によって赦免された。この年の九月のことである。


「じゃぁ、これはどういうことじゃ。答えよ! 甲冑次!」


 甲冑次が言った。


「やつぁ、死なないんだ」


 小高坂村こださかむらの北、久万村くらむらで事件は起こった。郷士数人と破戒僧が斬り合うと村は大混乱に陥り、その様子は監察府に向けて走る者、戦う者、ただ逃げるだけの者と様々で、それをまとめたのが大石弥太郎である。久万村に駆け付けると郷士、庄屋らを率い、態勢を立て直すため一旦は小高坂村に引いた。


 偶然にも、弥太郎はこれが起きる少し前、甲冑次を連れて小高坂村を訪れていた。藩を倒幕に傾ける方策を小高坂の顔である田岡祐吾と話し合っていたのだ。


 破戒僧の強さは人知を超えていた。振るう大薙刀は竹でも切るように家の柱を両断し、戦う者は別として家に縮こまっていた女子供でさえ、落ちてくる屋根や梁でその命を奪った。そしてなにより、破戒僧は死なない。切ったそばから傷口が治癒していく。いや、治癒という言葉は適当でないかもしれない。切り落とした腕がもうそこから生えてくるのだ。弥太郎の供をし、田岡と会っていた甲冑次も久万村に駆けつけ、それを目の当たりにした。衝撃を受けているそこで、清平を呼んで来いと弥太郎に命じられた。清平一人連れてきたところであの破戒僧をどうにかできるというのか? 


――― 否。


「大石さんはわしをあの場から逃がしたんだ」


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