第47話 残骸
思いがけない結末に、誰もが信じられない想いだった。
頭を岩に乗せた本堂は浮力を失ってケツが地に着き、その中間はほとんどの骨を失ってしまっていたために腰がなくなって反り返っていた。そして、そこから山上へ向かって延々と、濁流によって運ばれてきた岩や木々が無残にも一筋に続く。
本当に、終わったのか?
日が沈もうとしていた。山の端は赤く染まり、空はというと、見上げるほどに暗さが増した。ちょうど白日と宵の境界。星は二つ三つ見えるが、月はというと、探しても見当たらない。
新月。
ということは、まだ終わっていない!
新兵衛がそう思うや否や、安吾の持つ桐の箱から札が一斉に飛んだ。それが旋風に巻かれて輪を描いて宙を舞い、落ちてまた床に張り付いた。
「そういうことか」
声の主は、乾であった。「一回か、あるいは二回、『遊んでいる者』はお手つき出来る。たぶん、最後には雷が待っているのだろうけど、それまではやり直しという一応、軽い罰が与えられる。問題はだ、」
そこで乾は口ごもった。誰もが次の言葉を待つ。その視線に乾は、しょうがないって風な顔を見せ、言う。
「あまり良いことではないので言いたくはないが、今回の場合、安吾とたえのどっちに罰一個がつくんだ?」
その辺をはっきりさせなくてはならない。そして、誰もが考える。次はだれから始めたらいいのかもそれに関連してくるのではなかろうかと。
さっきはたえの番であった。またたえから再開するのだろうか? 安吾が罰一個ならば救済されなければならないたえからということになろうが、一方でこういう考えもある。たえの番でズルが起こったことからたえが罰一個だ。だったら一回飛ばされた形で安吾から再開するのが順当ではなかろうかと。
わからない。
かまわずやるか。何も考えず、思い切ってやってしまおうとするならば、たえは怖がって絶対に引かないから安吾からだ。いや、だからこそ安吾にさせられない。いざという時こそ、安吾が必要となる。これ以上罰の数を増やせられない。さらに罰を課せられるとしたら、たえか、わしだと新兵衛は思った。
ふと、板張りの上に雷に撃たれた池田陽三郎の真っ黒焦げの遺骸が目に入る。今のいままで必死であったため一緒に流されていたことなんて気にもとめてなかった。大狐に頚動脈を噛み切られた依田権吉もそうだ。本堂に放置され、ともに流されてきていた。
乾も他の者らもそれに気付いたらしく、二つの遺骸をじっと見て固く口を閉ざしている。たまりかねて、田辺豪次郎と小笠原謙吉がそれぞれ遺骸を背負った。二人は遠く離れて行って、棚田の向こうに姿を消した。遺骸は村に収容するつもりなのだろう。
やがてそれが戻ってくると乾が言った。
「順番がわからんし、とりあえずは明日、日の出からの再開としよう」
また一からのやり直しに心が折れていたこともある。新兵衛も安吾もたえも、小笠原唯八、謙吉兄弟も、豪次郎も皆、緊張の糸が切れたのか、腰を下ろし目をつぶった。
どれくらいたっただろうか。起き上がる乾に気づき、新兵衛は目を開けた。天地逆さまの木々と無作為に並ぶ岩の間を一番隊、三番隊、四番隊の面々と五番隊の森田金三郎、上田楠次が降りてくる。
唯八も、謙吉も、豪次郎も、安吾も、たえもそれに気づいた。それぞれが立ち上がると、逃げていた面々の顔が自分の目前に並ぶのを黙って待った。彼らを責める気は毛頭ない。あの土石流を目の当たりにして逃げない方のがおかしいくらいだ。そんな唯八らの気持ちとは裏腹に、並んだ顔はみな神妙なものであった。
「悪かった」
大石弥太郎が逃げた皆を代表して頭を下げる。乾が言った。
「いいさ、あれはあれで。僕もまったく役に立たなかったし。ところで、安岡君と川原塚君は? 顔を見せないが、君たちは知っているか?」
「安岡も、茂太郎も、あの濁流に呑まれてしまった」
討伐隊が二手に分かれ喧嘩になったのを、寸前のところで止めた安岡覚之助は死んだ。『東郡の安岡覚之助、西郡の樋口真吉』 これは弥太郎の人物評であったが、樋口真吉が九尾に殺された今となっては、大きな痛手である。坂本竜馬と親戚関係にある河原塚茂太郎も濁流の犠牲となった。
乾は言った。
「そうか、残念だ」
弥太郎は言った。
「乾さん、確かあんた、新月云々言っていたな」
雨が突然止み、濁流が消え失せても、弥太郎らはまだ終わってないことを知っていた。皆、夜空を見上げた。星があまりにいっぱいで天からこぼれおちそうであった。
「あんたに突っ掛ったことを謝る。このとおりだ」
弥太郎は頭をまた下げた。そして、あるはずの月に向けて視線を送る。
「どういうことか、あんたの考えを教えて欲しい」
「いやいや、あの時は本当によくわからなかったのだよ。でもねぇ、いまなら言える。落ち着いて考えられましたからね」
「その考えをお聞かせ願いたい」
「結論から言うとこの『遊び』が終われば、安岡君ら死んだ者は皆、蘇るよ。推測だけどね」
誰もが面食らった。死んで蘇ったという話はあるにはあるがどれも空想の域から出ていない。ところが、乾は現実にそれが起こるというのだ。




