第45話 孤立無援
廃寺は『極楽寺』と呼ばれていた。浄土宗の寺で、『寅の大変』と呼ばれた安政南海地震の折に、住職が土砂崩れに巻き込まれてしまった。未だ遺体は発見されてなく、また、後継ぎも決まらないこともあって、十年以上も捨てられたままだった。その『極楽寺』からの見晴らしはよく、高知城、そして土佐湾を望めて村人には親しまれたのだが、死人にとってはそれがいいとは限らない。その立地のせいか、度々災害に巻き込まれてしまって、その度ごとに墓が失われていた。徳川二百六十年の間でも、四度は建て替えられたという。
一番隊も三番隊も四番隊も、蜘蛛の子を散らすように一目散に、水を跳ね上げ、滝のような雨の中に消えていく。乾はというと、脇目をふらず本堂へ走った。小笠原唯八とその弟謙吉、そして、五番隊隊長の田辺豪次郎がそれに続く。同じ五番隊の森田金三郎と上田楠次はというと、もういない。
乾、豪次郎、小笠原兄弟の四人は間一髪、濁流が押し寄せる寸前に、本堂にたどり付いた。途端、ドン! と衝撃を受けたかと思うと次の瞬間、本堂全体がグラっと動いた。おそらくは、流されてきた岩が本堂に当たったのだろう。が、運の良いことに巻き付いているうわばみが衝撃を和らげてくれた。本堂を揺るがすほどの衝撃は岩しか考えられないし、もしそれが本堂に直接当たったのなら、すでにぼろぼろの本堂なぞ間違いなく粉砕されていた。
それを免れたはいいとして、その衝撃で新兵衛ら三人は目が覚めた。新兵衛はうつろな視線を宙に漂わすと駆け寄ってきている乾、豪次郎、小笠原兄弟の四人の姿に気付く。何やら叫んでいるようだが、よく分からない。視点もまだ合っていないのか四人の表情もよく読み取れない。傍で安吾とたえが起き上がってきていた。そして、うわばみ。丸太のように横たわり、しかも、それは黒焦げだった。どうなっているんだ。
戸惑うのも束の間。本堂が動いている!
息を飲む三人をよそに本堂は、濁流に揉まれながら移動している。巻き付いているうわばみが浮力となって沈みはしないが、当然、止まりはしない。揺れた当初は不安定に揺れる床に、危なっかしくへばりついていたのが、慌てて、柱か梁かに抱き着き直す。
まさに、濁流の中に孤立無援である。恐ろしいことに、茶色い水の中から木々が天を突くようにせり上がって見せたかと思うと、ずぼっと垂直に沈んで二度と浮かび上がってこない。別のところでは、どういう具合か、振りかぶって振り下ろすような凶暴な動きを見せたりしている。かと思えば、濁流の下からガツンガツンと岩がぶつかる不気味な音が絶え間なく聞こえてくる。
だれもが、助かる方法を考えた。己の力ではどうにもならないことは分かっている。かといって、誰かに助けられる可能性もない。どうあがいても助かる見込みは望み薄、としか言いようがない。
果たして、岩や木が猛烈な勢いで本堂に次々と迫ってくる。それが本堂を取り巻く黒焦げのうわばみに当ったかと思うとグンっと加速する。前にいきなり引っ張られたような、そうでなければ、後ろから足を払われたような、身の毛がよだつような感覚に何度も襲われる。と、同時に辛うじて残っていた柱や梁などがその度ごとに一つ、また一つと、もげて濁流の中に姿を消していく。命綱たる己の抱えた木材が、いつなんどき濁流の中に持って行かれるかわかったものではない。
あるいは、ボロ本堂ごと綺麗さっぱり消えてなくなるっていうことも考えられる。山門があったところを突っ切ったかと思うと恐ろしい光景を目の当たりにする。
その先がないのだ。山あいでそういうものだと思って誰も気にかけていなかったが、石段の上り下りは間違いなく一通りではない。その斜面を粉砕寸前の本堂が下ろうというのだ。しかも、土石流の流れに乗ってである。神様か、先祖か、己の運か、新兵衛はとにかく願う。
石段はすでに影形もなく急傾斜だけを残していた。ほとんど真っ逆さまである。悲鳴混じりの雄叫びが一斉に上がる。
数える程の柱とそれのつっかえ棒となった梁、そして『の』の字に横たわるうわばみ。それが補強し合って絶妙というか、珍妙というか、あるいは神の思し召しなのか、いかだと化した本堂の先を一旦は濁流に突っ込ませたものの、跳ね上がるように浮き上がった。それから一面棚田であったところを滑走していく。
境内の時のようにあちこちの山から水が集まってきてない分、濁流の暴れ方はましであった。落ち着くと命を取り留めたのにほっとしたが、仏像がないのに気付く。いつのまにかその姿を失っていた。急降下のときか、濁流に突っ込んで跳ね上がったときか、濁流に呑まれたのに相違ない。唖然とするも束の間、前方は鏡川、渓である。
死!
濁流の途切れた向こうには恐ろしい轟音と水しぶきが立ちあがっていた。そこへ吸い込まれていっている。渓はもう目前だった。




