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第42話 お祝い


 だれもがまずいと考えた。土佐一藩だけの問題ではもうなくなり、四国全土、あるいはこの国全体の問題になりつつあると感じた。ただし乾は、新月が連日続くこともあって、こういうことをうの昔に察していたし、それがために少しでも早く終わらせたいという思いはあった。


 だが、目下のところ、目前のうわばみである。なにか様子がおかしい。一番隊の大石弥太郎らと三番隊の池知退蔵らが床下から別々に出てきていたのだが、うわばみが見向きもしない。そして、それを言うなら一番先に姿を現した乾らに対しても同じだ。


 当のうわばみはというと、本堂を一回半、体を巻きつけて甍の頂点から頭をもたげていた。その鼻先は乾らに向いておらず、巻き付いた中心に向けられている。どうもまだ本堂の中をうかがっているようである。


 そうか! と乾は思った。『刀鬼』は、強盗に暴力。『牛鬼』は人食。言うなれば飢え、そして、それによる飢餓。と、すると『大百足』は暴食、それにつながる怠惰や浪費。『九尾』は炎。怒り、あるいは激しい感情。浄化とも取れる。それぞれがその特性で動いているわけだが、『うわばみ』はというと、どういう特性なのか。だれもが知るところである。酒と処女。つまりは不道徳、あるいは堕落。大百足を丸のみしたから勘違いしていた。暴食は『大百足』と重なるのだ。狙いはたえ。間違いない。


 思い返せば当初、うわばみの鼻先を通った時、うわばみの見る目が他とたえとでは違っていた。結果的に、これでは新兵衛らを餌にして逃げてしまったことになる。乾は慌てた。


「発砲準備!」


 乾の怒号にみな、銃を構えた。「撃て!」


 一斉に発砲した。ところが、うわばみの硬い鱗には傷ひとつつかない。


「目だ! 目を狙え!」


 目を狙うとなれば、ここからでは遠すぎる。血相をかいて乾は本堂に向けて走った。あまり近づくと、うわばみのあご下から仰ぎ見てしまい目を狙えない。ここが目一杯というところで足を止め、後続を待つ。


 皆が位置に揃うと待っていられないのか構える前に「撃て!」と命じる。


 果たしてどの弾もうわばみの目には当たらない。乾は、キリキリした。「撃て!」


 そんな乾をよそに悠然とうわばみは構えていた。どうやら瓦をぶち破ってたえをぱくりとやりたいようだ。ゆらゆらと頭を揺らし、依然として中の様子を探っている。


 そうとは知らず、倒れて筋交いとなった梁の下で新兵衛らは札を囲んでいた。順番のたえはというと、その手で自分の膝を掴み、体を小刻みに震わせていた。


 新兵衛も安吾も、見るに耐えなかった。青い顔に、凹んだ目が鈍い光を宿す。唇は紫色のうえカサカサに荒れていて、十五六の少女とは思えない。疲れきって生気を失い、手を膝に置くその様子は、年老いた女が折檻を受けている風であった。そのたえがようやく、震える手を札の場にかざす。


 どの札も同じように、たえには見えた。確かに、『刀鬼』と『牛鬼』はたえが引いた。その内、『刀鬼』は安吾が引き当てたからいいとして、『牛鬼』の場所がいまひとつはっきりとしない。新兵衛が引いた『九尾』と『月読』はなんとか辛うじて分かる。それはそうだ。そういうものだと聞かされた後に見た札なのだ。だが、『牛鬼』は軽い気持ちで引いた。いや、引いたのではない。拾ってみただけなのだ。


 十一月の頭だったか、安吾が屋敷の庭に立っていた。あげたいものがあると言うので嬉しかったのを覚えている。たえはこの春、城下の郷士に嫁ぐことになっていて、直感的に安吾がお祝いを持ってきたと思ったのだ。


 高価な物は考えていなかった。安吾の事情を知り尽くしたたえはその気持ちだけで十分だった。一方で、お祝いには早すぎるかも、とも思った。安吾はそういう意味で何かを持ってきたわけではないのじゃないか。たえは、己の気持ちがはやっているのを感じた。そして、我ながらそれがおかしくてたまらなかった。


 ともかく、春が楽しみだった。城下で新しい生活が始まるのだ。相手も申し分なく、よくこの様な人を探してきていただいたと親に感謝したものだった。


 婚礼の準備も有難かった。たえに恥をかかせてはいけないと色々心をくだいてくれた。毎日があれやこれやと忙しく、兄や義姉も含めて家族もてんやわんやで自分ごとながら、その家族をからかってみたりして、特に母なぞはそのたえに呆れた感じで、はいはいと答える。今思うと、愛情を感じずにはいられない。


 家族といえば、末っ子のたえは、安吾を弟のように思っていた。小さい頃からお姉さんづらしてあっちこっちと引き回していた。たえは十分満足していたが心の隅には、安吾は嫌々付き合っているのではないかという不安が絶えずつきまとっていた。


 わたしがいなくなってほっとするんじゃなかろうか。


 その安吾から贈り物である。あげたいもの? お祝いだったら嬉しいわ。それともただの冗談? 手を出してその上に乗せられたものがカエルだったらどうしよう。ってカエルはないわ。冬だもの。だったらなにかしら?


 不安をよそに安吾から差し出された物は、予想を反して高価そうな代物だった。


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