第41話 軒下
皆、息を呑んだ。割れた壁の隙間から、白地に網目模様が見えた。一方向へ滑らかに動いていっている。
ということは、と誰もが考えた。間違いない。うわばみが本堂に巻きついている。
それでも、頭上から埃や木片がばらばら落ちてくるまではよかった。梁の一本がぎぎぎと金切り声を上げたと思うと一方のつなぎ目を外して落ちてくる。片方の端を支点に落ちてくる様はまるで木槌を振り落とすがごとくである。勢い良く床を叩いた大きな音とともに梁が床に突き刺さり、木片を飛び散らせたかと思うと、雪崩をうったかのように他の梁も次々と降り注ぐ。
狭い本堂の中でみなは右往左往とそれを避け避けしてその場を凌ぐ。そんな中、新兵衛はというと、はすに交差した梁の下でたえや安吾を懐に入れ、縮こまっていた。梁が壁の倒壊を抑えるつっかえ棒になっている内はいい。新兵衛は、これ以上は勘弁してくれと天に祈った。
それが天に通じたわけでもないのだが、斜めになった梁はそれ以上その姿勢を崩さずにいてくれた。なんの気まぐれか、うわばみが動きを止めたのだ。それで、本堂の破壊はまのがれたというわけだ。
だが、それも一時であろう。本堂は自力で立つ力を失っているように思えた。梁が四隅の柱のつっかえ棒となっているものの実質、巻き付くうわばみに、支えの一部を肩代わりしてもらっているようなものだった。
まず、乾は札の状態を確認した。はすに落ちてきた梁がちょうど筋交いとなっている下で札は悠然と場を広げていた。
次に気になるのは、新兵衛らのことだった。無事でいたのにほっとする。斜めになった梁の下から這い出してきていた。
それから乾は、本堂から抜け出せる隙間を探して一周ぐるりと見回す。運のいいことに、割れて互い違いになった壁の間に、人ひとりずつだが通れそうな場所を見つけた。巻き付いているうわばみのごつごつした鱗も、かがんで通れば当たらない高さにある。行けるなと思うと別のところに注意が向いた。外から焦げ臭い匂いが鼻をついてきたのだ。はてと思い、もしや、と嫌な想像が頭をよぎった。ともかくも、と内心言い、新兵衛を呼ぶ。
「僕らはこの白いやつをなんとかする。あとは頼んだよ」
うわばみが本堂を捻じ上げているのは、乾らを追い出しにかかってのことなのだろう。たまらず出てきた乾らを捕食しようとしているのだ。それでも中に閉じこもっていようものなら、うわばみはまた、本堂をギリギリ締め上げてくるに違いない。本堂諸共粉みじんに粉砕されるのは、札のこともあって、なんとしても避けたいところだが、ひとっところから脱出するのもうまくない。それは、うわばみの口に餌を放り込んでやるのと同じで、注意をそらすためにも最低限、三方向からは出たいものだ。
「これより二番隊は一番隊に加われ。二番隊は欠番とする」
一番隊は隊長の大石弥太郎と森助太郎を残すのみで、二番隊は隊長の五十嵐幾之助、そして、島村寿太郎と小笠原保馬の三人となっていた。
「一番隊と三番隊の各二隊それぞれ床板をはがして床下から外へ、それぞれ別々の方向から出てくれ。四と五の隊は僕についてくるように」
四番隊も隊長の望月清平と河原塚茂太郎の二人しか残っていなかった。こちらは欠番にする必要がなかった。乾が直に使うと言うのだ。
まず乾自らが壁の隙間を通った。そして、外へ出ると壁に張り付いた。濡れ縁は、搾り上げられた本堂に取り残され、ほぼ原型を保っている。ただ、欄干はというと、うわばみが本堂に巻き付いた時にすべて取り除かれてしまっていた。
頭の上はもううわばみの胴である。触れんがばかりのところだったが、うわばみは気づいていないようである。壁に沿ってズイっと張り付くうわばみの胴が乾らの軒となり、うわばみからは上手い具合に死角となっている。
それはそれでいいとして、問題が他にもあった。乾は目の前の光景に唖然とする。焦げ臭いのは本堂でも感じていた。果たして山には所々、火の柱が上がっていた。その様相は凄まじく、火柱は捻じりつつ立ち上り、落ちたかと思うとまた尖った先を天に向ける。九尾が吐く炎で、飛散した灰塵が火種となって至る所に火をつけ、冬の山を火の海にしたに違いない。
乾に続き、小笠原唯八と謙吉の兄弟、望月清平、河原塚茂太郎、森田金三郎、上田楠次、そして最後に、田辺豪次郎がうわばみの軒下に入ってきた。そのそれぞれが山のありさまを、一様に驚いている。
皆が固唾を飲んでその光景を見守る中で、乾と豪次郎は目配せとうなずきを交換した。最後まで本堂に残っていた豪次郎が一番隊と三番隊が床下にもぐったのを確認している。状況は?と乾が問い、豪次郎が準備が整ったと答えたのだ。
乾の合図でみなが一斉に濡れ縁から躍り出た。そして、境内を走り、本堂と距離をとってうわばみを望む。
夕焼けに燃え盛る山々。陽光を弱らせた太陽が、空の低い位置でゆらゆらと揺らめいていた。その横では、ゴマ粒大の九尾が依然として業火を吐いていた。その位置関係から九尾は大百足を追って隣国伊予へ向かっているように思えた。




