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第40話 逆鱗


 新兵衛は、ほっとしていた。これで喧嘩は収まったとして、たえだ。次の一枚を引いてもらわなければならない。なのにまだ、しくしく泣いている。なんとか泣き止んでもらえないだろうか。札の場を見れば、いつの間にか『九尾』も『月読』も裏返っていて、雲の方が上を向いている。こっちの混乱なんて関係ないのだろう。『遊び』はちゃんと進行していた。


 ところが、驚くべきは安吾である。新兵衛は気付いた。あの混乱の最中であっても安吾は、座っていた位置から一寸たりとも動いていない。しかも、札の場を見据えている。集中する雰囲気から、周りは何も聞こえてないようである。安吾は大人らの争いにも動じず、己のやることをしっかりやっていた。大したものだ、と新兵衛は驚く他なかった。これなら、安吾まで回せばなんとかなる。


「さぁ、たえ」


 新兵衛は願うように言った。


 だが、たえは言うことをきかない。ずっとその場で泣いている。見かねた唯八が口を挟んだ。


「むすめ、おまえの番だろうが。早くやれ!」


 開いた口がふさがらない。たえを追い込んでどうする。安吾の話から言って、『うわばみ』と『大百足』の場所をたえは知らない。だが、たえが引いた『牛鬼』と新兵衛が引いた二枚の場所は分かっているはず。この状況で効率よく進めるためには、発現している化物を消していくというより、初手は必ず新たな札を引く、言い換えれば、知っている札に手を出さない、という心構えで進めていく方がいい。急がば回れとはよくいったものだが、それさえもままならないのは、唯八らの争いが原因なのだ。少しぐらい黙っている誠実さがあってもいいのではないか。


 そんな気持ちなぞ唯八には全く分からない。たえにはちゃんと札を引いてもらいたいし、そうしなければならないと思っている。なぜそれを、やろうとしないのか。喧嘩か? もう終わったじゃないか。


「何を泣くことがある。おまえが始めたんだろ、たえ。しっかりせい!」


 唐突に、拳銃の銃口が唯八に向けられた。構えている安吾の目が血走っている。そして、撃鉄の上で重ねられた安吾の両の親指が、ガッチッと力強く撃鉄を下す。ギョッとした唯八は、咄嗟に鯉口を切った。


「このくそガキがー!」

「タダハチッ!」


 乾の大音声である。硬直しないものはだれもいない。たえも泣き止んでしまった。それにしてもなんと膨大な闘志をそのうちに秘めているのであろうか。大砲が火を噴いたのと遜色ない。一癖も二癖もある猛者らが息を飲んだ。


 そうなのだ。子供の頃の乾は、その有り余る活力を持て余していた。そして、だれもがそれを恐れ、いや、忌み嫌った。だが、母のこうはその乾を愛し、力の使い道を示した。こうは言う。


「喧嘩しても弱い者を苛めてはならぬ。喧嘩となれば負けて帰ってはならぬ。また、卑怯な挙動をして先祖の家名を汚してはならぬ」


 知らず知らず唯八は、そんな乾の逆鱗に触れてしまったのだ。といっても、その習性を知らない唯八ではない。しまったと後悔するが、そこは長年の付き合い。素直に、「すまぬ」と謝る。四の五の言うとかえって手のつけようがない。乾はというと、さっきの怒りはどこへ行ったのやら、機嫌はカラッと晴れる。


「唯八、そうカッカするな。この子たちだってこんなことになるとは思っていなかったのだよ。ただ運がわるかっただけだ。仮におまえが桐の箱を拾ったら、だれの持ち物か調べるために開けてみるだろ? 札が散らばったら拾うだろ? それを責めることはだれも出来まい」


 うまいこと言ってくれた、と新兵衛は思う。これでこの子供達の名誉は守られた。一方で、言われた唯八はというと、「そうだな」と言いつつ、カッカするな? おまえに言われたくないわ、といつものごとく内心罵って、その憂さを晴らす。


 と、そこへ異変がおこる。グラッと本堂が揺れたかと思うと、みしみしと音を立てながら四隅の柱が傾き出し、それと連動して四方の壁面が内側に向けて膨らんでいき、挙句、弾けるように壁板が割れた。


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