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第4話 建白書


 昨今、薩摩藩や長州藩が倒幕を言ってなんらはばからない。時勢は佐幕か、倒幕かの選択を迫っていた。土佐藩内の公武合体派は佐幕派になりを変え、必然、乾は倒幕派の旗頭に押し上げられる。土佐も多分に漏れす時代の選択を迫られていたのだ。


 とはいうものの、これはかっこよく言えば、の話である。実際はというと、なにを今更、佐幕も倒幕もあったものじゃない。この年の十月、朝廷は幕府の大政奉還を受理していた。要は、徳川四百万石につくか、つかないかということなのだ。生き残るには? それで土佐は大揺れに揺れていた。


 清平は言った。


「捕物? あほいえ。二人とも大切なお人だ」

「当然じゃ。そんなことやらしたら、例のあいつに揚げ足を取られかねんぞ」

「武市先生弾劾の折、先祖の功績が汚点だとばかりに、鼻息を荒くした、あやつな」

「あやつじゃ」

「やつだけはぁ許せん」

「わしもじゃ」

「いつか、ぶった斬ってやる」

「いいや、悪いがそれはわしの手でやる。それも早いうちにな」


 上士に野中太内という男がいる。先に紹介した野中兼山の支流に養子入りしていた。本性は永井。それが昨月、前藩主山内容堂に建白書を奉じた。藩政改革を名目としたが実はそれ、坂本竜馬や中岡慎太郎のみならず、乾の罪過を並べ立て、罰するように訴えたものである。


 幾之助も清平も嫌な感じがしていた。龍馬と慎太郎は昨月、何者かに襲われ、龍馬は即日、慎太郎は二日後に息を引き取っていた。


「早いうちか」 おもむろに清平が畳に膝を滑らせ、敷居まで体の位置を移す。そして、濡れ縁に手を付き、軒から空をうかがう。


「言おう言おうと思ったが、昨日から空気というか、雰囲気というか、なにか、変な感じがしないか?」


 幾之助が濡れ縁に立った。


「そうか! やはりおまえも感じていたか」

「うまく言えんが」 そう言った清平の言葉を奪うかのように幾之助が言った。「長年暮らした家じゃが、いましがた門を潜ったろ。あの時、家を間違えたと思った」


 子供のころから見慣れた景色。枯れた庭木の枝々に垣根、隣の薄汚れた瓦。そして、空。


「おうおう、それ。そんな感じだ」


 幾之助は言った。


「で、おまえはあのお二方は顔を合わせない方がよいといいたいんだな」

「気持ち悪いではないか。龍馬や慎太郎の二の舞ってこともあろう」

「もっともだ。早速行くか」


 と、言ったか言わずか、そこへ息せき切って、男が現れた。島村甲冑次である。いきなり庭に飛び込んできたのに、ただ事ではないと察した幾之助も清平も一斉に、「何事か!」と声を荒げる。それに対して甲冑次が、「話は道中で!」と、もう引き返す構えだ。


 この甲冑次、獄死した島村衛吉と血縁である。十六七の青年で小回りが利き、先に紹介した大石弥太郎になにかと使われていた。それが、「さぁ、早く!」と急かす。こんな時に弥太郎となれば幾之助も清平も否応なしに二つのことが頭によぎる。


 一つは井口村刃傷事件。往来での上士、下士の斬り合いが藩全体を揺るがした。私怨でおのおの集合決起し、一触即発のところまでいった。その下士側の指揮者こそ弥太郎である。


 もう一つは、半平太の切腹である。遺骸を持ち帰ってきたのは数人で、幾之助もその中にいたのだが、遺骸を引き取った代表が弥太郎だった。当然、坂本龍馬の死は記憶に新しい。


 弥太郎が顔を突っ込んでいると、ろくなことがない。つまりは郷士庄屋らと破戒僧の殺し合いか、あるいは乾と樋口が殺されたか。幾之助と清平は、おっとり刀で草履をつっかけるも、居たはずの甲冑次がもうすでにいない。慌てて門を飛び出すとその背中を見つけた。城北の江ノ口川に架かる廿代橋にじゅうだいばしに向けて甲冑次が駆けていく。


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