表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/83

第34話 業火


 いい気になって食事する大百足を、樋口真吉は放っておくつもりは毛頭ない。その正面へ廻ると「目をねらえ!」と抜き放った太刀を大百足へ向けた。近くにいた平井直次郎と多田哲馬がそれぞれ、樋口のもとに集う。銃を空に向け、大百足の目に照準を合わせた。


 この二人は切腹した半平太の遺骸引取りを大石弥太郎らとともにした。剣の腕がたつ多田哲馬は半平太に可愛がられ江戸修行にまで同行したし、平井直次郎はというと、勤王党の幹部平井収二郎に可愛がられた縁で、収二郎の切腹後、四つ上だがその妹加尾をもらって平井家を継いでいた。


 龍馬の初恋の人が、その加尾ということを新兵衛は知っていた。平井家は上士で、といってもその最下層、新留守居組なのだが、龍馬と共に新兵衛はやはり加尾の兄収二郎に相手にされなかった。見下されていたのもあるが、収二郎はというとたぶん、男同士で殴り合ったり、じゃれ付き合ったりして遊んだりしない龍馬が嫌いだったのだろう。土佐にはそういう風土がある。


 それに反して龍馬は、加尾とよく遊んだ。龍馬には乙女という姉がいたのだが、それが一弦琴を習っていて、お姉ちゃん子だった龍馬は当然くっついていく。加尾も一弦琴を習っていたものだから仲良くもなる。


 明らかに、収二郎の龍馬にかける言葉には、いつも険があった。怒られているようで一緒にいた新兵衛も身を縮こませた。


 人の悪意とは恐ろしい。嫉妬やら蔑みやらのそれは、その人自身を滅ぼしてしまうというけれど、収二郎も多分に漏れず自滅した。半平太に抜け駆けし皇族に取り入り、その皇族から土佐藩に藩政改革しろという令旨を出させる。それが容堂の怒りを買って切腹となり、土佐勤皇党弾圧の直接の原因ともなる。


 負の感情は、解消するためにその想いを不特定多数に渡そうとするきらいがある。そして、それがさらに負を生み、さらに悪意が広がっていく。ネズミ講のごときものだと新兵衛は考えていた。


 いま思うと、収二郎の眼の色や言葉の端ばしがそういったものをはらんでいた。といってもそれは収二郎だけではない。時勢を理由にうっぷんを晴らす。そういう胎動は藩の中にあった。そして収二郎はというと、その急先鋒だったといっていい。いつもなにかにいらいらしているようで怖かった。


 触れれば粉々にされる。


 収二郎の義理の弟となった平井直次郎を見るといつもその恐怖を思い出すし、その一方で収二郎の眼を盗んで、龍馬と加尾と三人で遊んだことも蘇ってきて正直辛かった。


 その直次郎が銃を構える横で、太刀を収めた樋口も銃を構えた。田所荘之助もそれに加わろうと走ってくる。剣術や槍術が花であったその時分、火縄銃を好んだ田所荘之助は土佐勤皇党では日の目を見なかった。いまとなってはこれほど心強い者はいない。


「田所と多田は右、わしと平井は左」


 砲術の名手がふたり。それが狙いを二つに分かち、確実に両の眼を打ちぬこうというのだ。名手の一方、田所荘之助が位置につき、狙いを定める。あとは樋口の号令一つ待つばかりである。大百足はというと、獲物を食べるのに熱心で動く気配すらない。その状況にこの距離。外すことは十中八九ありえない。しかも、洋式銃は銃身に刻まれた螺旋状の溝により弾丸に旋回運動が掛かって、ぼほ狙った通りに弾が飛ぶ。そのうえ七連発である。大百足の硝子玉のような目がだんだん大きく見えてくる。四人の集中力は高まっていた。


 ところが一転、顎で抱え込んだ狐らをあたりにばら撒くように大百足は、頭を大きく振った。頭上、天空に敵を視認しその攻撃を避けようとしたのだ。それを知らない樋口らはいきなり照準の先で大百足が消えたかと思うとその換わりに眼に入ってきたものに驚き、硬直する。


 青い空にぽつりと一つ、扇を広げたかのような九つの尾を広げる金色の狐の姿があった。それがムササビのように足をガッと広げて、口を大きく開ける。途端、樋口らの視界が真っ赤に染まった。妖狐が口から火を吐いたのである。


 あの札に描かれたのと全く一緒、いや、現物はそれ以上であった。吹き出した業火は手当たり次第に空気を侵食し、樋口らに到達する頃には飛沫を上げる鉄砲水のようになっていた。


 あまりにも唐突だったのに、見ている新兵衛らは「逃げろ!」と言ったはずだったが、声に出せたかは、いま考えてもだれも思い出せない。ただ、目の前の光景は目に焼きついてしまっている。動けないのか、諦めたのか、樋口らは逃げもせず、真っ向受ける形でそれに飲み込まれた。そして、業火が行ってしまうとそこには四つの灰の柱が残されていて、まるで『山崩し』なる遊びで最後に山を崩してしまった、まさにそんな風にどさっ、どさっと、一つ、また一つと崩れていった。


 呆気にとられているその時間差が、大百足に大いに幸いした。獲物を物色すると一点に向けて頭を飛ばす。それが地面すれすれに滑空し、ごっそりとさらう。大量の狐らと人間一人がその大顎に抱かえ込まれるとそのまま宙に運ばれて、カリカリカリとかじられていく。その肉の塊の中で山本喜三之進がもがいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ