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第33話 白と黒


「小松君、早く続きを」


 その言葉に新兵衛は本堂に入ると札の広がる場の前に座った。一枚拾おうとした時、はっとした。安吾とたえを連れてこなければいけない。新兵衛の後に札を捲るたえに、さらには安吾に、札を合わせてもらわなければならないのだ。泡を食って表に出た。そして、安吾とたえの手を握るとまた、中に戻る。が、二人共、また外に出て行ってしまう。うわばみの様子が変だというのだ。確かに、うわばみは苦しそうに口をパクパクさせている。


 果たしてそのうわばみは、右に、左に、折れ曲がる。その勢いに、うわばみの背にいた唯八らは振り落とされる。うまく着地できた者はそうでない者を手助けして引き摺るように退避する。囲むようにいた狐らもちりぢりとなり、うわばみから離れた。


 島村外内しまむらとないと甲冑次はまだ、うわばみの背中にいた。揺れた時、咄嗟にしがみついてしまって逃げる機を逸してしまったのだ。島村外内は土佐勤皇党弾圧の折に拷問死した島村衛吉の兄である。歳は三十五六で、甲冑次とは従兄弟の関係であった。


 その一方で、島村の本家筋にあたる島村寿太郎は振り落とされていた。転がったそこで、うわばみの背にまだいる外内とないと甲冑次を見とがめる。早く飛び降りろと大きく手を振って催促した。


 ところが、うわばみの折れ曲がる動きは激しさを増す。下手に降りるものならば、うわばみの頭か尾の下敷きになる。こうなっては逆にうわばみがこと切れて動けなくなるのを待つ方がいい。狐の大群の中にあっても寿太郎は頑張れと叫び、他の者らもそう声をかける。


 そんな寿太郎の気持ちとは裏腹に、うわばみの苦しみ様はひどくなるばかりで、狐らはというと、それに合わせて猛り高ぶっていく風である。うわばみを見据え、いまにも飛びかからんばかりなのだ。そして、それが指し示すように、狐らはうわばみが暴れている理由を理解しているようだった。必然、大百足が腹を食い破ってくるのは時間の問題とだれもが思えた。


 もうちょっとの辛抱だ、と隊長の大石弥太郎が外内と甲冑次に激を飛ばす。だがそれも虚しく、うわばみが体をねじり始めた。上がった砂埃の中でのたくっている。うわばみの背にいた二人はというと、どうなっているかは分からない。悲鳴交じりの声がしたのは始めの一時で、あとはもう、聞こえてくるのはうわばみの尾が地を打つ地響きのみであった。外内も甲冑次も、助かってはいまい。寿太郎と弥太郎、そして皆、呆然とその光景を流れるままに見送っていた。


 その惨劇を安吾とたえに見せないよう新兵衛はというと、二人に覆いかぶさるように抱きしめていた。こんなことの責を負わされて、なんとも可哀想な子達であるか。安吾とたえの背に触れ、本堂に入ることを促す。


「さ、二人とも、始めなくては」


 安吾が言った。


「あれ」


 指差す安吾に促され、振り返った新兵衛は、目の前で起ころうとする奇景に度肝を抜かれ魅入ってしまう。こうなるだろうと想像はしていた。していたが、実際目の当たりにしてみると身の毛がよだつ。立ちこもる砂埃から上へ、ぬーっと大百足の頭が出てきた。砂埃の中でうわばみは、地上に出たミミズのようにぬるぬると、まだ弱々しくのたくっている。


 やがて、舞った砂が沈殿していくと、さっきまでよくわからない部分がようやく見えてきた。半分がうわばみ、半分が大百足、白と黒が繋がっていた。その白はまるで己の身を己で縛るように、身をもじらせている。そして、その端からは黒がずずずっとひねり出され、その度毎にもたげた鎌首が上へ上へと向かう。大百足が吐いた毒の匂いか、うわばみの胃液の匂いか、ひどい腐敗臭が辺りに広がる。途端、新兵衛は喉にこみ上げるものを感じた。ぐっと抑えたが、安吾とたえはというと、すでに床に手をついて小間物をぶちまけていた。


 まだうわばみから完全に出ていないのに、大百足は大きく頭を振って狐の大群の中をさらった。低く滑空し、そこから上昇、高々と持ち上げられた顎には、捕らえられた大量の狐がうごめいていて、掴み損ねた狐はその塊からぼとぼとと落ちていた。


 一斉に、全ての狐らが大百足に飛びかかっかった。瞬く間に大百足の体は何百もの狐らに覆われた。ところが、大百足の一節がうわばみのケツからぼこっと出るたびに、その振動で狐らは、ずるずると大百足の体から滑り落ちていく。甲皮が固いのか、うわばみの粘液か、牙や爪が掛からないのだ。


 一方で、顎で抱きかかえられた狐の塊はというと、端から順に大百足の口に押し込まれ、カリカリカリとかじられていく。大きなズウタイと気味悪い姿に見合わぬ、奥ゆかしい食べっぷりである。しかし、なにぶんさらい方が粗暴すぎた。獲物は細々した相手なので挟み込んだ二つの牙がうまく利かない。箸で豆を何個もつかむようなものである。食べこぼしがぼとぼと落ちる。無数の頭や足や胴が血みどろに地面に転がった。その中には一際大きい灰色の狐の腰から下が、あった。


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