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第29話 『うわばみ』


 弘瀬村に向かう道すがら新兵衛は、安吾とたえに腹が減ったかとか、足は痛くないかとか、あれやこれやと気を配った。昨日、二人は、膳にある物をほとんど残したというし、寝られたかというと怪しい。憔悴しょうすいしきっているだろうに、気だけはしっかりしている。ぐずりもせず、しっかり前を向いて歩いている。おそらく二人は、責任を感じている。


 不運としか言いようがない。拾った箱を開いただけなのだ。もし、きれいな箱が落ちていたなら、誰だってそうする。誰の物か調べなくてはならないし、猫糞するわけでもない。好奇心は誰だってあるのだ。彼らを責めることは誰もできない。


 なんにせよ、すでに子供が背負うにはあまりにも重い荷となっていた。気休めでもいい、新兵衛はちょっとでもその負担をやわらげたかった。


 弘瀬村に着くともう昼を過ぎていた。新兵衛らを待ち焦がれていたのだろう、乾はその顔を見るなり、思ったより早く着いたな、ちょっと事情が変わったんだ、君たちがどっかで休憩でもしてないかと思ってね、迎えをやろうと唯八にいまさっき頼んでいたところだったんだ、と言う。その唯八に今度は、先に行く、おまえは隊を率いて後から来い、と命じる。そして、さぁ、行こう、と新兵衛らに催促する。


 すでに廃寺の石段には五番隊の姿があった。踏み石にへばりついて境内を覗いている。その隊長田辺豪次郎の横に乾がつく。固唾を呑んで見守るところへ、乾はどうかと問う。


 乾にとって、この豪次郎は身内のようなものだった。始めは、幡多郡十川村はたぐんとおかわむらから城下に出て半平太を師事し、それから戻って中村の樋口を師事した。土佐勤皇党弾圧の折りにはその対応をめぐって七郡の代表者が城下に結集したのだが、この時、豪次郎も樋口とともに幡多郡代表としてそこに加わっていた。


 乾とは樋口を介して知り合ったという。下士の中にあっては心底、乾の人柄に惚れ込んだ異色である。そして、それを見込んで樋口は唯八の弟小笠原謙吉を豪次郎の隊に入れたのだ。その豪次郎が、「はい、あれから変わりません」と答える。


 そのやり取りで、あの二体はあれからずっと睨み合いを続けているのであろうか、と新兵衛は考えた。みなの様子が落ち着き払っている。戦っていたのならまず間違いなく生きた心地はしない。幾つもの蒼白の顔が、ここにずらりとならんでいるだろう。新兵衛は豪次郎の下で踏み石にしがみついていた。そこからさらに下では、小さな安吾とたえが不安いっぱいの顔で見上げている。


「小松君、ちょっとおかしなことになっているんだ」


 そう言って乾は手まねきをする。それに答えて新兵衛は乾の横につく。


「覗いてみなよ」


 恐る恐る新兵衛は石段の最上段から顔を出した。


 えっ、と思った。


 境内に大百足がいない。そして、うわばみがでかい。長さは変わらないようだが、胴の直径が倍になっている。築地塀と本堂しかない殺風景な境内。その本堂までの道に、新兵衛らを遮るようにうわばみが一直線にでんと陣取っている。


 乾が言う。


「面白いじゃないか。やつは大百足を食ったんだ」


 なるほどと新兵衛は思った。確かにうわばみの目はとろんとしていた。満腹で気持ちいいに違いない。動くのもおっくうそうだ。これなら容易に本堂にたどり着ける。自然と新兵衛の顔に笑みが満たされていく。


「さっき僕は急いでいただろ。この状況を喜んでいたわけじゃないんだ、小松君」


 そういえばかなり焦っていた。


「普通のへびなら大物を飲み込めば三日くらいはひもじい思いをしなくても済む。ゆっくり消化すればいいんだ。だがな、飲んだ相手は昨日の牛鬼と同じなんだよ。溶けたところはきっと再生をはじめる。うわばみの中ではいま、消化と再生が戦っているんだよ。な、面白いだろ」


 面白くはなかった。その大百足の様子を想像してしまって鳥肌が立つばかりである。きっと半端に溶けて、外骨格はただれているのだろう。乾が続ける。


「残念だけど、いつかはその均衡が崩れる。たぶん、大百足がうわばみの腹を食い破って出でくるのだろうな。君も想像がつくだろうが、やつらは札を合わせると消える。逆を言えばそうしないと死なない。再生は延々と続くんだ。一方で、消化はというと、胃酸の出様で決まってくる。延々という訳にはいかない。わかるだろ、そういうことなんだ。だから僕は急いているんだ」


 後続も到着した。後方に陣取った隊から唯八のみが石段を上がり、乾の横につく。


「手はず通り、僕らは頭の側を迂回して行く。唯八らはしっぽの方で待機してくれ」


 その乾の言葉に、新兵衛は疑問が湧いた。安吾とたえはどうするのだろう。


「さ、行くぞ。小松君」


 言っている意味がよく分からない。「ちょっと待ってくれ。わしらはどうすればいいんだ」


「聞いていなかったのか。僕と行くんだよ」

「さっき、あなたは頭側を行くと」

「そうだよ」

「たえと安吾も?」

「そうだよ」


 なにがそうだよだ。「子供二人が行くんだ。よく考えてくれ」


「小松君、あのうわばみがどうやって大百足を食ったかを考えてほしいな。十中八九、頭からだ。で、その頭はどこにある? うわばみのケツだ。さっきも言っただろ。大百足は遅かれ早かれうわばみを食い破ってくるって。さ、行くぞ」


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