第23話 貝合わせ
平伏したたえに返事はない。乾が言った。
「じゃあ、言わせてもらうが、貝合わせを知っているかね。女の子だから聞いたことがあるだろ。平安の昔には貝覆いといったらしいが、二枚貝のちょうつがいのところを割っておのおの二つに分ける。それが幾つもあって、そうした物の中からそれぞれ合うのを見つけるという遊びなんだが、これはそれと一緒なんだろ」
「わしが悪いんです!」と安吾が声を上げた。「拾ってきたのはわしじゃ。桐の箱をねぇちゃんにあげて」
「弘瀬君が初めに、札を二枚捲った」とすかさず乾。
「ね、ねぇちゃんは関係ない!」
「西森君、だれが拾ってもこうなっていたよ。もちろん僕でもね。といってもね、弘瀬君がやったら西森君の番、それが終わったらまた弘瀬君の番。そうだろ?」
たえが顔を上げた。涙を一杯目に溜め、乾を見ていた。
「大丈夫。小松君がついている。彼はあの僧と戦ったんだ。そして見事、取り押さえた」
わしに何をさせようとしているのか。新兵衛は嫌な予感がした。乾が続けた。
「ちょうど良いことに西森君で順番が止まっている。もし、その次に弘瀬君が札を捲ったら、次は西森君の番。それでは二人が、ずっと交互に札を捲らなければいけない。だから、一巡する前に小松君に入ってもらおうと思う。弘瀬君、西森君、小松君の順だ。それで一巡。な、心強いだろ。もちろん僕らは、うわばみと大百足を引きつけておくよ」
呆気にとられ、安吾とたえはぽかんと口を開けていた。
乾退助は変わっている、土佐には珍しい男だと新兵衛は思った。大体の男は、南海の風土がそうしているのか頑固を男らしいと思い、その頑固をしたいがために馬鹿なことを大真面目に言い出し、そして、引かない。
土佐者は、全く人の言うことを聞かないのだ。理屈もなにもあったものではない。武士には一分があるというけれど土佐者には七分も八分もあるのではないかとそれを知らない者は思う。見た目、ほとんど偉っそうである。そういう匂いが乾には感じ取れない。たぶん、間違っていたら間違っていたというのであろう。そんな乾を神輿に担ぐ下士連中はきっと心底、尊敬の念を抱いていない。皆、本論を置いといて頑固比べをしたいのに、乾は相手になってくれない。それでは頑固をやっている方が馬鹿に見える。だが、しょうがないのだ。彼らはわがままを通したいし、好き勝手したい。持て余すほどの暇があり、かといって小作から入る米で生活が成り立つのだから、ちまちまと働きはしまい。己の考えを思い通りに表現できる、そのような都合のいい働き口を探しているのだ。
だから、己の選んだ頭がいる。その乾はというと、鏡村にくる途中、一体どんな調練を下士に施したのだろうか。思うに、好きなようにやらしていたのではあるまいか。いざその時となったらうまく使ってやるさと、でんと構えていたに違いない。ただ、唯八の方は目を血走らせ、大変な剣幕であっただろう。それでどうにかこうにか隊としての体裁が整った。そもそもそのために、唯八も加わっているはずだ。それもきっと乾さんの計算のうちだろうが。たえのことも、普通ならかわいそうにと思い、大利村に避難させる。だが、そうはならなかった。ほっとする反面、もしそうしていたらと思うと身の毛がよだつ。
不意に、銃声がした。五六発。「小松君、二人を頼んだよ」と言った乾に続き唯八、樋口が飛び出していった。たえは部屋の隅で縮こまり、安吾はそれを守るように拳銃を構える。外では銃声が鳴り止まない。こっちにいる!とか、追い込め!とか、隊の者らが声を掛け合う一方で、悲鳴、叫び声もした。
燭台の火がゆらゆらと揺れていた。うわばみと大百足ではない。夜に活動し人肉を求める化物。それを安吾は『牛鬼』と言っていた。脳を食い取られ内蔵をすすられた死体、足元に転がった赤子の小さな手が思い返される。あれは家族団欒のところへ不意に飛び込んできて、手当たり次第に食い散らかした。そしてやつは、血が飛び散った家の中で、顎から滴らせた血を、舌でべろりとやっていた。
ふと、天井からの音に気付く。三人に緊張が走った。やつはこの部屋の真上、その屋根にいる。




