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第21話 札


 札はまだ本堂にあった。絵柄はどれもこれも唐草模様で、捲ったはずの薙刀の僧も、牛の顔の蜘蛛もなかった。


 札は化物となったから、なくなったのか。そう思って、安吾は数を数えようとしたが、はたと思った。元の数を知らない。


 箱から飛び出した時は驚き、破戒僧が現れたその後のことを考えれば、数を数えるなんて思いもよらない。が、そうは言っても札が広がった場の感じは、何となくではあるが覚えている。確か、この感じ、散らばり方といい札の配置は、今のと変わらない、ような。


 だれか、触ったのだろうか。その札の前で、安吾は立ち尽くす。確信したのだ。信じられないことだが、札は自分で元に戻った。


 考えてみれば箱の蓋を開けた時も勝手に飛び出してきた。いや、そんなことなんて些細なことだ。この惨状。それを引き起こした元凶がこの札なのだ。ものすごい霊力があるのは火を見るよりも明らかだった。とはいえ、だれがなんのためにこれを作ったのか。そう思うと恐ろしくもあり、不思議でもあった。


 無秩序に並ぶ札は、自らが宙を舞った結果である。ぐるぐると廻ってはいたが、一方向に動いていたわけではない。今思うと、まるで掻き混ぜたかの様だった。広がった場を眺めているうちに安吾は、はっとした。もしかしてアタリが有るのかもしれない。


 その考えに、安吾は迷いに迷った。アタリがあればどうなるんだ? 


 いや、そんなことよりも、仮にアタリがあるならハズレもあるはず。そして、ハズレの方がアタリよりだんぜん多いに決まっている。『刀鬼』も『牛鬼』もそのハズレなのだろう。あんなのがどんどん出てこられでもしたら命がいくつあってもたりはしない。というか、自分の命だけでは済まされない。この国中が大惨事になる。


 とはいえ、アタリが出ればこれを終わらせられるかもしれない。安吾の手が札に向けて伸びていた。


 イチかバチかだ。安吾は一枚、これというものを選んだ。


 捲るしかない。


 そう心に決めた途端、心臓が急激に高鳴った。そのうえ喉がギュッと締め付けられて息が詰まる。それでも細い息を過剰に繰り返し、なんとか札に触れる。が、手が震えて爪を札の端に引っ掛けられない。ガリガリ床板を爪で掻くも、全くもって埒があかない。息も苦しくなる。手を引っ込めた。


 途端、息がやわらぎ、心臓の音も聞こえなくなった。ほっとしたそこで、鼻の下に生温いものを感じる。鼻水かと思ったら鼻血だった。拭った裾にべっとりと血がついている。間違いなく逆上のぼせている。


 大きく息を吸って、気を取り直す。そして、手を札につけた。先ほどの苦しみはもうない。ゆっくりと札を表に向ける。


 弁慶のような僧と『刀鬼』


 あっ! 昨日と同じものを引いてしまった! 


 一瞬そう思った。が、違う! もう一度、場を見返した。


 間違ってない。昨日とはまったく別の場所を引いている。だが、待てよ。それがどうしたというのだ。


 固唾を呑んだ。


 また、僧が現れる。そう思って後ろを振り返った。が、しかし、いない。


 ずっと待った。


 現れない。不安と緊張に押しつぶされそうで頭が変になりそうだった。うなだれた下で、手で顔を覆い、そして、拭う。


 ふと、この状態のまま、昨日の『刀鬼』を引いたらどうなるのだろう、という考えが頭の中をよぎる。僧が現れないので無理にも出て来てもらおうとしているのか。己の考えに苦笑した。それでも、その札に手が伸びる。気が狂ってしまったに違いない。そう思いつつ安吾は札を捲った。


 弁慶のような僧と『刀鬼』


 場に、ふたつの『刀鬼』がある。まったく同じ絵で、同じ文字だ。それが突然、跳ね上がった。そして、桐の箱にすっぽりおさまる。途端、箱が唸りを上げた。何が起きるのかと安吾は身構えている前で、桐の箱は風を吸い始めた。ガタガタと震え、ごーごー鳴っていたかと思うと轟音がした。屋根を突き破って昨日の僧が飛び込んで来たのだ。


 僧は風の渦に巻かれ、その回転の勢いからか、まるで飴細工の飴が伸ばされるかのように、体を細く長く引き伸ばされている。それが旋回する風諸共かぜもろとも、桐の箱の中へと消えていった。


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