第19話 仇討ち
新兵衛が帰ってきたのに、藩兵らのほとんどは驚いた。既に落ち合う時刻は過ぎていた。逃げてしまったか、殺されてしまったか、と思っていたのである。その藩兵らの案内で、新兵衛らは庄屋の屋敷に入った。そして新兵衛は、安吾らと離され、ひとり奥の部屋へと通された。そこには乾退助、小笠原唯八、樋口真吉の三人が待っていた。
まずは、唯八がかんかんだった。一人で行ったのはなぜかとか、馬を帰したのはなぜかとか、なぜ、なぜ、なぜの質問攻めである。それに新兵衛が答えないのに余程頭にきたのだろう、命令違反だから隊から外すと言い出す。当の新兵衛は、城下に戻ったらどんな処分となるのだろう、ゆきはがっかりするのだろうな、とぼんやり考えていた。そこへ乾が、助け舟、と言ってもいいものか、口を挟んだ。
「そんなことより唯八、僕は小松君が見たことを聞きたいんだ」
唯八がむっとした。そして、ぶっきらぼうに言った。「小松、話せ」
新兵衛は中切村のこと、弘瀬村のこと、見たこと全てを話した。乾も唯八も樋口も言葉を失っていた。当然だろう。討伐は破戒僧風体の化物を考えていたはずである。案の定、唯八は馬鹿を申すでないと取り合わない。それどころか、また癇癪を起しはじめる。
だが、実際にその目で見たのだ。山門を一瞬のうちに破壊してしまう化物がこの先、二体。そして、姿を見せない人を食う化物が一体。確かに、信じられないだろう。この話を聞いた者はだれでも唯八のようになる、とは思っていたが、乾は違った。
「あの子達はどうなんだ?」
え? どうなんだって、どういうことなんだろう、と新兵衛は考えた。元気だと言えば元気だし、気落ちしていると言えば、そうだろう。いや、そういうことではない。どうなんだってことは化物じゃないかと疑っているってことか。この話の流れからならそう取れる。
「いや、間違いなく人間です」
ふふっと乾が笑った。「小松君、化物と分かって連れてくるばかがいるかい。そうじゃないよ。話せるのかい? って聞いたんだ。あの子達の話も聞きたいんだ。なぜ、生き延びられたのか、とかな。君はなにか聞いたかい?」
「いや、なにも。というか、それどころでは」
「で、いま、喋れるのか? あの子達」
様子を見に行きましょう、と樋口がその場を立った。その一方で新兵衛はふと、道中で安吾がたえに言った言葉を思い出す。
「そういえば、仇を討つと言っていました」
「!! そう言ったのか?」
「はい。それと乾さまにお願いしたいことがあるそうです」
的を射たのか、乾の表情が明るくなった。樋口を待ちきれないようである。立ってうろうろとしだす。そこに樋口が戻ってくると、話せそうかね? とは尋ねているがもう足は安吾らのところへ向かって行っている。我慢しきれないのだろう。それを察したのか、樋口も話せるかどうかはもう問題としていない。その答えを飛ばして、お一人で? と問を返す。
「いいや、君たちも一緒だ。もちろん小松君もだ」
果たして、乾ら三人、そして新兵衛が現れると安吾とたえは驚き、慌てて座り、深々と頭を下げた。その状態から身動きすらしない。確かに上士相手では十二三の子供はそうなる。ましてや今は無役だが、その頂点ともいえる元大監察で、元歩兵大隊司令の乾を前にして子供が平然としてられようか。
「お願いってのはなんだい」
そう乾が言うと、どきりとしたようで、安吾はなにも言わず、さらに平伏する。
「やりにくいなぁ」と乾。安吾に近づくとその肩を起こして、目を合わす。「仇を取るんだろ」
呆気にとられた安吾だが、言った。
「はい」
「そうか。頼もしい。で、その君たちが僕にお願いがあるってことは、この僕に仇を取るためになにかしろってことなんだろ」
「い、いえ、いや、はい」
「僕に詳しく話してくれないか。どうにもわからん。小松君に聞いたことによると正直、我々でもお手上げだ。それを子供と言っては申し訳ないが、君たちが仇を討とうとしている。その辺のところが知りたい」
「はい」と安吾は話を始めた。