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第17話 地下浪人


 ともかくも、乾らに報せなくてはならない。その前に、あの少年! 這いつくばったまま、後退した。立ち上がってもあの二匹の視界に入らないところまでどうにか下がると石段を駆け下りた。


 一目散に走って、庄屋の屋敷に戻った。しかし、少年はいなかった。それで新兵衛は、あちこちの家に飛び込んだ。果たして、影形もない。


 そうなのだ。彼らはここで生き延びたのだ。探したって見つかりっこない。諦めて、新兵衛は道の真ん中にあぐらを組んで目を瞑った。少年の方から出て来てもらう以外ない。


 だがこの感じ、この無防備さ。母の手から離れ、独り歩きしだしたときの様だった。あれから母はどうなったのか、記憶は途中からすっぽり抜けて消えてなくなっていた。死んだのか、父と別れたのか。逝ってしまった父はそれについては何も言ってはくれなかった。


 押し寄せてくる怖いという感情を必死に押しとどめる。ゆきの顔が浮かんできた。ゆきは病を患っている。わしは母とゆきを重ね合わせているのだろうか。ゆきもいつか、わしの前から消える。


 風の音が微かにするだけであった。この数日間でいくつの化物を見たというのだろうか。架空とまでは言わないにしろ、人の一生で言うなら一体でも見たら御の字だ。だが実際は、化物を見るなぞ全くと言っていいほどあり得ない。それが三体も。中切村のを含めると四体。


 まるで地獄の蓋が開かれたようであった。あるいはあの少年も化物かも。ありえない話ではないと思うと背筋が凍った。


 しかし、腑に落ちないこともある。あの塚の大きさである。これほどの村だ。あれでは小さすぎる。やはり村人はどこかに避難している。それなら村人がごっそりいなくなった理由がつく。


 だがそうだろうか。似通っているものの、中切村と全く違う手口だったら。


 やはりあの少年は化物なのか。いや、今更そんなことをいっても始まらない。もうそこまで、少年は来ている。足音がした。雑草を踏み、砂利を踏み、一歩一歩踏み込むその音が新兵衛の、徐々に高鳴る鼓動に重なっていく。


 やがてそれは止まった。固唾を飲んで新兵衛は目を開ける。そこに立つ少年が言った。


「小松さん、藩命で来たと言ったが一人か?」


「一人だ」


 自分が偵察で本隊が後ろから来ているということを今はまだ言いたくなかった。少年はというと残念な表情を見せ、そして言う。


「これ、貰っておくよ」 太刀を差すように、帯に銃を差していた。それに違和感がなく、しっくりしたその様子に新兵衛は確信した。


 生身の人間だ。たすけなくては。


「撃鉄を起こして引き金を引く。それで弾が出る。反動がでかいので上に逃がすように」


「ありがとう、小松さん」 


 少年は去ろうとした。「まってくれ!」


 少年が足を止めた。新兵衛は言った。


「名は? 親父は郷士か?」

「西森安吾、親父は地下浪人じゃ」

 

 そう言うと走っていった。


 間違いない。新兵衛は安吾と名乗った少年を追う。正真正銘の人間、少年は土佐の下士なのだ。


 果たして今度はうまく捕まえることが出来た。後ろ襟を掴んで引き寄せる。


「鏡村に討伐隊が入る。今日の夕方だ」


 その言葉に安吾は食らいついた。


「大将はどんなやつなんだい? いけ好かないのか?」


 やはり下士の息子だ。しかし、どうしてそんなことを聞くのか。だが、答えなくてはなるまい。


「上士とは思えぬいいおひとだ」


「いいひとか」


 安吾はなにやら考えあぐねている。いいひとだけでは身を預けるには言葉が足りないのだろうか。新兵衛は考えた。考えた挙句、正直な感想が思わず口についてしまった。


「変わったおひとだ」


 その言葉で、安吾の表情が明るくなった。そうだ、安吾が思うとおり変わったぐらいではないとこの状況は打開出来ない。


 安吾が叫んだ。


「おねぇちゃん!」


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