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第13話 廃村


 そうであったとしても、ことは乾らの思うように簡単にはいかないだろう、と新兵衛は思う。あの化物はおいといて、この雰囲気がどうも気分を晴らしてくれない。どんよりとした空気に死んだような森。何か大事なことを見落としているのではないだろうか。そういう思いが、知らぬ間に頭の中を支配してしまっている。あの化物がどうして太刀にこだわるかを考えたところで、あまり意味をなさないのは分かりきっている。あれはああいう化物で、皿を数えるなら数えるだけ、小豆を研ぐなら研ぐだけ。化物とはたぶん、そういうものなのだろう。


 鏡村を出たところで道は丁字になる。きっと、この道はさっき最初の二股を右に折れた方に繋がっている。案の定、そこへいくと目前に鏡川がある。


 今井村には既に報せが届いているらしく、大勢の人が川上から下に向けて移動を始めていた。鏡村で残る者の人選をしていたあの間に話が行ったに違いない。子供の手を引く夫婦、杖を付く老人、その傍らで二本差しらが、混乱が起きぬよう声をかけている。


 今井村の先は?


 ふと、化物が土佐山に向けて飛んでいった光景が頭に浮かんだ。あれは己の意思で飛んでいったわけではないと、いまになって思えた。どうも、なにか別の強い力によって引っ張っていかれたようだった。旋風は下端から空気を吸い込み、上端のところでそれを吐き出していると見受けられる。が、化物を巻いた渦はその逆で、細くなっていく方の下端は間違いなく土佐山の方を向いていた。やはり、ことは簡単にはいかないのだろう。


 川沿いの道に出て、人の流れに逆らう形で新兵衛は進んだ。果たして今井村に入ると郷士五人が待ち受けていた。なにか手伝いたいと言うのだ。それに対して新兵衛は、鏡村で篝火の準備をしているのでそれを手伝ってくれとお願いし、新兵衛自身はさらに道を先へと進む。


 それから一刻ほどか、歩いて、中切村の前に立った。人の気配が全くないどころか、生臭い匂いが辺りに漂う。頭の隅では想像していたが、その場に立ってみると尻込みしてしまう。乾らは今井村から先を知りたいといっていた。川上から降りてくるものがだれもいないからだという。頭をよぎったのは人の死。それも一人や二人ではない。


 ざっと見渡すと村はずっと昔に捨てられた廃村を思わせた。戸はことごとく閉められていたかと思う一方で、壁に大きな穴が開いている。傾いている家もあり、屋根の置石やかれた板が通りに散乱していた。そして、この雰囲気。空気が沈殿しているというか、溜まっているというか、体全体に重くのしかかってくる。この感覚はなんだろうと考える。本能がそれ以上行くなとでも言っているのであろうか。


 意を決して新兵衛は、だれかいるかと声を掛けつつ、周囲に注意を払って進む。小作の家だろう、何軒か狭い敷地に集まっている。そのうちの一軒を選んで入ってみた。


 果たして人が死んでいた。壁の隅で横たわる者、板間から土間に向けて頭から滑り落ちたかっこの者、障子の下敷きになっている者の計三体である。一面血に染められていて、どういう力がかかったのか家具は尻を丸出しに転倒し、囲炉裏は火山が爆発したように灰をまき散らしていた。


 板の間に上がると、空がむき出しであることに気付く。何かが屋根を突き破って侵入してきたのだろう。よく見ると屋根板や置石も、板間や土間に転がっている。


 壁の隅で死んでいる者はその手足から男だと判別出来る。どうして新兵衛が性別の確認から始めたかというと、あるはずの頭が半分以上ないのだ。さらにはその死体の腹に大きな穴が空けられていた。そして、無残にも内蔵がない。


 しゃがんだ新兵衛は傷口というか、えぐられた跡というか、その損傷部を凝視した。明らかにそれは鋭い牙で噛み千切られたようである。侵入した何ものかは肉を好むのだろう。それも人のキモを。おもむろに、倒れた障子を退けた。


 障子の下にあった死体は、頭がまるっきりない。腹も横からえぐり取られた形で、片方の脇の肉で辛うじてつながっている。振り返えると、足を放り出して肩を土間につける死体。その手足から女だと分かる。それらから考えると、目の前にある障子の下だった死体は大きさからいって、この夫婦の子供に違いない。そしてもう一つ、気付いた。足元に、小さな手が転がっている。赤ん坊のものだ。何物かは赤ん坊をまるごとがぶりとやった。その顎からはみ出したものがこの手なんだと新兵衛は想像した。


 どの家を見ても状況に変わりがなかった。その惨状が繰り広げられた家々に囲まれて新兵衛は立ち尽くす。どの家からも悲鳴が聞こえてくるようであった。


 新兵衛は、耳を抑えた。


 それでもその声は頭の中を駆け巡る。大口を開けて襲ってくる黒い影が瞑った目蓋に映る。這いつくばって、新兵衛は嘔吐した。


 どれぐらいたったのだろうか、もしかしていくらもたっていなかったのかもしれない。立ち上がった。そして、新兵衛はぐっと前に踏み込んだ。さらに進もうというのである。


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