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第11話 南北戦争


 そう言うと多司馬は座った。と、同時にざわざわと私語が飛び交う。一方で、新兵衛はうつむく。聞こえてくる声は揶揄するものばかりなのだ。そして、ここにいる者はみな、土佐勤皇党なのだ。他に人選があったろうに、なぜこのわしが、と向いた下で苦虫を噛む。


「諸君」


 乾の呼び掛けにまた静まり返った。それを見計らって乾が言う。


「一体どういうことかね? 彼は昨日、立派に戦ったのではなかったのかね」


 またざわついた。聞こえてきた声は大方、あれは嫁を守るためで奉公したわけでない、であった。


「やれやれ、君らは相当幕府に毒されているな。メリケンでは国を南北二分して天下分けめの合戦をしたという。南で百万、北で二百万の人が動員されたと聞いた。合わせて三百万の者が戦ったということになる。因みに関ヶ原は精々二十万だ。さて、どうしてメリケンではそのような数になったかだが、分かるかな? 要するに国の人という人が武器を持って戦ったということだ。彼らは武士のように面子や忠義、褒賞のみでは戦ってはいないのだよ。長宗我部もそうだったのだろ。挙国態勢で戦ったからこそ四国を統一出来たのではないのかな。小松君の場合、奥方のためにここへ来たというならそれはそれ、結構なことではないか。さて、唯八、出番だ。頼むよ」


 声をかけられた唯八は、威嚇するような眼で場を見渡し、咳払い一つし、言った。


「諸君、これは化物退治であるが化物退治にあらず、倒幕の演習だと考えてくれ。これから最新の銃、捕縛の道具等を運び出す。その後直ちに門に集合。隊列を組んで待機するように」


 一斉に立ち上がったところで、謙吉が、「こちらへ」と先を行く。その後を追ってみなが出ていく。詰まった出口の一番後ろで、新兵衛はまごまごとその順番を待っていた。


「小松はこっちだ!」と唯八。


 急に呼ばれ、びくついた新兵衛は返事もせず、すごすごと乾らの前に進む。何を言われるのだろうと気が気ではない。


 その唯八が言った。


「早速だが、みなに先立って鏡村に行ってくれ。庄屋職に命じて村人全てを新宮神社に避難させるんだ。それで君は村の郷士から何人か選び、その先へ進んでくれ。今井村から向こうが知りたい」


 鏡村の庄屋職が惨事を知らせに山を降りて来たが、その川上、土佐山方面に今井村がある。鏡村とは目と鼻の先で隣接していた。唯八が続ける。


「だれも今井村から向こうへ行こうとしないし、降りてくる者もいないのだ。ま、それについてはいまのところは状況確認でいい。敵に合っても逃げて来い。我々は演習しつつゆるりと鏡川沿いをのぼっていく。暮六つに鏡村で落ち合おう」


 昨日は樋口に、乾の護衛を言い渡された。あっさり反故されたのは肩透かしをくらったが、悪くはない。しょぱなから別行動になるのだ。そういう役目ならと、ほっとした。そして、それがぬか喜びになるのはかなわない。他に何か注文をつけられる前に新兵衛は出口へと向かう。


「小松君」


 それは乾の声であった。どきりとして振り返る。


「スミスアンドウエッソンだ。とっときたまえ」


 洋式短銃である。乾の手から手渡されたそれはずっしりと重かった。


「使い方は樋口先生に聞いてくれ」


 その樋口が「行こう」と新兵衛を誘った。導かれるまま、みなと別の出口から出、道すがら拳銃の使い方を教えられた。


 外に出るとそこには馬が用意してあった。土佐では上士も含め、そのほとんどが馬を持っていない。この致道館で馬術を教授される者はいいだろう。他の者は乗るなんてことは一生経験できないはずである。


「利口な馬だそうだ。乗り方は馬に教えてもらいなさい。さぁ、行け」


 さっきから言うべきかどうか、新兵衛は迷っていたが、ここへ来て急に心に引っ掛かった。


「乾さんの護衛の件ですが」

「乾さんに悟られたよ」


 それだけ言って樋口は戻っていった。


 ………乾退助。変わった御仁のようだ。去っていく樋口の背を見ながら新兵衛はそう思った。


「あっと!」


 そこで他の下士らの顔が浮かぶ。今頃、武器庫で騒いているだろう。こうしちゃいられない。馬なんか与えられたのを見られた日にゃぁと、どぎまぎしながら手綱を引いて門の外へ出た。外堀を抜け、江ノ口川を渡ると早速、馬に乗ってみた。


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