黒猫軍師王子はお仕事中3
茉莉がいなくなった……あの女、どうしてやりましょう。
傭兵ギルドからギアリウス経由で仕事帰りに茉莉が王都に出てしまったと連絡を受けました。
今朝のファメイ翼人国のダイア姫のせいで迷惑かけるわけに行かないと……可哀想に思ったようです。
もちろん、ダイア姫には国際問題にならない程度に報復しますが……茉莉も帰ったらよく言い聞かせないといけませんね。
まず、ソファーの上で抱き上げていかに愛してるか口付けて……若いもんに取られないようにしないと。
ニフィロ王宮警護官が朝、頭を下げる茉莉をかわいいなぁとつぶやきながら微笑んでましたしね。
「うわー、旦那〜腹が真っ黒そうな顔してるぜ」
大型通信機から必要書類を印刷機に出してたギアリウスがたじろいだ。
「もともと黒猫軍師ですから」
ええ、真っ黒上等ですよと思いながら、あの女の資料を集めた。
翼人の長の一族なのに灰色がかった翼のために曇天のダイアとか影口をたたかれてる? それで行き遅れで私の花嫁候補とやらとして送られた訳ですね。
ふ、ふふふ、僕の茉莉をその程度できずつけるとはいい度胸です。
早速、報復を……宇水の師匠から受けた仇は十倍返しって教えていただきましたしね。
さて、まずは茉莉を回収しに行きましょうか。
今度こそ当分腕の中から出す自信はありませんが……
暇ができたら茉莉を抱き上げて王都見学でも行きましょうか、パティスリーイシカワのケーキも気に入ってたようですしね。
マントを取ろうと立ち上がったところでまた来た通信を取って話していたギアリウスが顔色を悪くしていくのが見えた。
「だ、旦那〜」
絞り出すようにギアリウスが僕を呼んだ、そんな様子はこいつと付き合いだして初めての態度だ。
「どうしたんです!? 」
椅子を荒々しくどけておおまたでギアリウスの所に行く。
「……嬢ちゃんが、まじで行方不明になっちまった〜」
どうしよう〜ほんとヤバすぎる〜とギアリウスが通信機を片手に頭を抱えた。
茉莉が本気で行方不明とはどういうことです!
通信機を奪い取って耳に当てる。
「一体どういうことです!? 」
『え!? 誰? 』
戸惑った女の声にイライラを抑えながら名乗るとイェティウス殿下〜わーん死にたくなーいと要領を得ない答えが帰ってきた。
「旦那、威嚇しちゃ駄目ですぜ」
傭兵ギルドの事務員リリアナちゃんですぜと大型通信機をカチャカチャやりだしたギアリウスの方が答えた。
『えーと、あの黒猫軍師殿下ですか? 』
「ええ、別に息の根を止める予定は無いので情報をください」
僕は極力冷静になるように自分を抑えて傭兵ギルドの事務員リリアナ嬢をうながした。
本当はバトルファンをたずさえて傭兵ギルドに押し入りたいところですが、情報は大事ですからね。
あの、茉莉ち……さんが昼休みに独身寮とかギルド借り上げのアパートとか紹介してほしいって昼休みに来たんです。
も、もちろんお断りして殿下の腕の中から出ないように諭したんですよ、課長と一緒に
それでも心配で帰りに丁度、茉莉ちゃんが裏門から出てくるの見てそのまま王都の方に行ったんでおったんです。
そうしたら茉莉ちゃんとっても楽しそうに王都の風景を見てて……そういえばこの子、グーレラーシャにきてきちんと周り見る時間があったのかなと……
わー、馬鹿、ハゲるだろうが〜事実だけ……
遠くで男性の声が聞こえた。
周りに誰かいるようだ。
『リリアナ事務員は、茉莉さんを追っていってかえるように諭したそうでございます』
突然、聞き覚えのない男性の声がしてイライラした。
「事実はリリアナ事務員に聴きます」
冷たい声が出た。
わ、わかりましたと怯えた声がしてリリアナ事務員に代わった気配がした。
それで彼女が泣いてるのを見て……
「泣いてたのですか!?」
『うぇぇ……私、いじめてません〜』
リリアナ事務員が怯えてるのを感じたが怒気を抑えられない。
誰が茉莉を泣かした? 生かしておけません!
「旦那〜話が先に進まんからちょっと俺が話すぜ」
ギアリウスが僕から通信機を取り上げた。
その間に武装を時空収納袋から取り出し始めた。
天鉱合金の手甲に足甲、胸当に防護特化の特殊素材のアウターを机に並べ、最後に頭部ガードも戦闘用の幅の広い物を出した。
「旦那、嬢ちゃんはどうも裏道に入り込んだ……っておい早まるな」
ギアリウスが焦っているのを無視していつも使っているのより鋭利な戦扇を取り出した。
ついでに毒針を取り出して確認する。
「げ、だ、旦那……」
「姉上様に王籍離脱の願いをしてきます」
茉莉を世界の果てまで追いかけないといけませんからね。
大事な大事な大事な大事な大事な伴侶でですから。
もし害されていたらすべてを滅して茉莉のところへ逝かなければなりませんし……
今の私に王子の職務がまっとうできるとは思えません。
ヤバいヤバすぎるとギアリウスが騒ぐ声を聞きながら武具を一個一個装備していく。
お茶を入れに来た王宮管理官が慌てて出ていったのを横目にバトルファンを腰に装備した。
さあ、姉上様に挨拶をし行こう。
私の伴侶の元へ
黄泉路の果まで一緒に往こう……茉莉。
「旦那、旦那、旦那〜ヴィヴィアーヌから緊急メール」
ギアリウスが私に通信機を突きつけた。
何を見るとはなしにみた。
『花に天上虫がついたから、殺虫剤を買ってきてください、場所はその都度教えますね、ヴィヴィのお ね が い♥ お花さんが枯れないように頑張ります ヴィヴィ♥』
クネクネする野太い男の声が脳裏に響いた。
花とは……茉莉か?
天上虫とは……あの組織か?
「旦那〜嬢ちゃんは危なくないのがわかったから」
「早速潰しに行かなくては」
私は扉におおまたに向かった。
勢い良く扉が開いた。
「イェティウス、まだいたのですか!? さっさと茉莉ちゃんを助けに行きなさい!!」
リエスディア国王陛下が立っていた。
「陛下〜だめですよ、あおっちゃ」
ケルミ補佐担当官が慌てて前に出る。
「国王陛下」
私は国王陛下の前で跪いて正式な礼をした。
「何をしてるのです、早く」
「陛下、私は伴侶を探すため王籍を抜けたく存じます」
目を上げて姉上様を、国王陛下を見た。
「……茉莉ちゃんはグーレラーシャ傭兵国の黒猫軍師王子の伴侶です、王族の伴侶を害するものに目にもの見せてやりなさい!! 」
「しかし、全滅させる可能性も……王家に汚名が……」
姉上様の迫力にしどろもどろになる。
「血塗れの王族なのです、今更汚名の一つや二つ訳ありません、正式なグーレラーシャの王子として誇り高く敵を叩き潰しなさい、王籍を抜けることは許しません! 」
誇り高きグーレラーシャ傭兵国王陛下が宣言された。
僕にあらゆる便宜が図れるように言ってくださってるのだとその時、心が震えた。
後々に王族が減るとお仕事増えちゃいますからね、いっぱい子供作ってくださいと姉上様がえへへと笑ったのを照れ隠しだと思いたいけど……本音じゃないですよね?
「それで傭兵ギルドのヒフィゼギルド管理官長に一連隊頼んだら、やり過ぎって言われちゃった? 」
多いほうが良いよね? 王宮警護官にする? と姉上様が小首をかしげた。
実はリエスディア姉上様が兄弟姉妹の中でも一番喧嘩っ早いの忘れてました。
伴侶のラース様が落ち着いた素晴らしい方だから大惨事が起こらなかったのがよくわかりました。
「傭兵ギルド管理官長より、ヒフィゼの者とその相棒を中心に何班か派遣するとのことです」
ケルミ補佐担当官が冷静に通信機を読み上げた。
「では、早速殴り込みをかけに行きましょう」
「陛下はパイナ草原国の代表と交流をもってください、いざというときに」
殴るんですねとケルミ補佐担当官の言葉を遮って姉上様拳を上げた。
殴ってどうするんです、この脳筋国王〜
残念でした〜私はもうすぐ引退です〜
じゃ、脳筋元王?
ギアリウスまで二人の楽しい言い合いに参加しだした。
私は床をどんとバトルファンの柄で叩いた。
「愛しい伴侶が行方不明なときにごめんなさい」
「そういえば、プロポーズしたんですか? 」
プロポーズしたんですか……? そういえばした覚えがない……
ケルミ補佐担当官の言葉に呆然とした。
日本生まれのグーレラーシャ人で日本人の母上様に父上様みたいな暴走はだめですよと教えられて育ったはずなのに……
取り戻したらさっそくプロポーズをしないとですね。
「先王様そっくりなのは容貌だけじゃなかったのですね」
「お父様もお母様が誘拐されたときにカータシキ魔法塔に殴り込みをかけたそうです〜頑張るのです!! 」
姉上様が的外れな応援をしてなんか肩の力が抜けてきた。
そうだ、ヴィヴィアーヌが毒虫を排除しに行くまで茉莉はしっかり護ると約束したのではないですか……
あとは完膚なきままに排除すればいいだけです。
「旦那、ヴィヴィアーヌから情報、敵はまだ国内にあり、出ないように封鎖頼むとさ」
現実逃避してたのかギアリウスが通信機からこちらを見た。
ええ、早速殴り込みでなく対策をこうじましょう。
「姉上様、逝って来ます」
「逝ってらっしゃい」
そして伴侶を取り戻して来るのです、協力は惜しまないのですと国際王族ランキング、可愛い王族部門、上位常連なはずの野獣が剣を振り上げた。
私もあとに続くのです〜と騒ぐ姉上様を、ご公務が終わってからお願い申し上げますとケルミ補佐担当官がうまくなだめながら引きずっていった。
ギアリウスを見るとつかれた顔で見返された。
「俺は愛する女を奪われた最狂最悪の状態の旦那を止めね〜よ」
俺もノーラミフィエがそうなれば何もぶっ潰しても暴走する自信があるからな、さて封鎖手配だよなとギアリウスが大型通信機に打ち込みはじめた。
「ギアリウス……私はあなたを心の底から信頼しています」
「心の底からこき使いやすいの間違えじゃねぇか……旦那、嬢ちゃんをしっかり取り戻して来いよ」
ヒラヒラと後ろ姿のまま手を振ったギアリウスに頭を下げて僕は部屋を飛び出した。
茉莉、待っていてください、きっと助け出します。
そうしたらもうこの腕の中から離すつもりはありません。
ええ、私は恋に狂うと恐ろしいグーレラーシャ人ですから。
愛しいものを奪った敵を許すつもりなんてありません。
完膚なきままに叩き潰して茉莉をこの腕の中に取り戻すんです。
読んでいただきありがとうございますm(_ _)m