コーヒーカップ
付き合って1年のカップル、彼女は彼の愛を確かめたくて…?
「好きな人が出来た。」
パリンッ、と。
立ち上がった時の揺れでカップが下に落ちる。
一瞬、2人の時間は止まって、静寂が訪れた。
光も、気温も、音も、全てが口を噤んだ。
しばらくして時間は動きだし、思考が働いた。
好きな人が出来た。
私は確かにそう言った。
好きな人に向かって言った。
好きで好きで堪らなくて、この人の為なら死んでもいいって。
臆面もなく言えるほど好きな人に。
だけど彼は。
「そうか。」
って。
割れたカップの破片を拾いながら。
いつも通りに返した。
無表情で、無愛想に。
きっと私になんて興味は無くて。
お情けで付き合ってやってる。
暗にそう告げてくれているのかもしれない。
あぁ、なんでだろう。
なんでこんなこと考えちゃうんだろう。
バタンッ
私は自分が嫌になり、部屋を飛び出した。
割れたカップをそのままに。
ーーーーーーーーーー
近くの公園に行き着いた私は、道端で買ったコーヒーを啜った。
美味しくない。
全くもって美味しくなかった。
思わず、
「あのカップで飲むコーヒーは美味しいのに…」
と、声に出る。
「あ…カップ…どうしよ…」
私は自分がやったことに気づき、落胆する。
後悔する。
自分が愛を確かめたくて、やったことなのに。
彼が不器用だなんて、分かりきってたことなのに。
それでも私は追いかけてほしかった。
嘘に反対してほしかった、引き止めてほしかった。
きっと、もう戻れない。
割れてしまったカップは、2度と戻らない。
それからは泣き続けた、周りなんて気にせずに。
遊具で遊んでいた子供達は、「お姉ちゃん大丈夫?」なんて声をかけてくれた。
そのせいで、もっと涙が溢れる。
よっぽど私の方が子供っぽいなぁ。
小一時間ほど泣いた後、私は子供達に励まされながら公園を後にした。
私は、彼との家に向かって歩きだす。
このままお別れなんて嫌だ。
ちゃんと、謝ろう。
謝って、訳を話して、やり直そう。
断られたって仕方ない。
その時は、また彼を好きでい続ける。
ただそれだけ。
夕焼けが映えだした頃、ようやく私は家に着いた。
「………。」
少しだけ、窓を覗いてみる。
何故か初デートの時みたいにドキドキして、中々足を踏み出せなかったから。
「あれ、何してるんだろ?」
リビングの窓から見える、彼の姿が。
背が高くて、細身の頼りない背中。
やる気のない目をした塩顔。
その大好き彼は机とにらめっこしながら、割れたカップを治していた。
ただただ丁寧に。
また私がコーヒーを飲めるように。
大きくて不器用な手を傷だらけにしながら闘っていた。
私はまた、知らず知らずに涙が溢れてきた。
無意識に玄関へと走る。
好き。好き。大好き。
彼の不器用な優しさは、一生私の心を掴んで離さない。
ドアに手をかけ、
勢い良く開け、
叫ぶ。
「ただいま!!」
彼はまた無表情で言う。
「おかえり。」
短編なのでこれで完結です。