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5.ウエディングドレス(5)


撮影場所の古川邸にウエディングドレスを回収しに向かう時、雪が期待していなかったと言ったら嘘になる。彼と再会出来るかもしれない。

もし今回顔を合わせる事が出来なければ―――もうこの先二度とこんな機会は巡って来ないかもしれない。


「お疲れ様です」


ワンピースに着替えた七海が雪の呼びかけに振り向いた。その屈託の無い笑顔に、ズキリと心臓が痛んだ。雪は彼女の夫との再開を期待している。そして七海に向ける笑顔の下でこっそり彼女を観察せずにはいられない。それを彼女は知らないのだ。


「あ、美山さん。どうしたんですか?」

「衣装、お預かりに伺いました。こちらでクリーニングして箱詰めしてお戻し致しますので」

「え!そうだったんですか。わざわざすいません」

「いいえ、仕事ですから。そこまでやって納品と決まっているので、気にしないで下さいね」


雪は出来るだけ柔らかく微笑んだ。そうして自分の罪悪感も煩悩も覆い隠して余裕を装う。


彼女は幼い時から美しかった。美しい事で得する事もあるが、損をする事の方がずっと多い。その一つに同性の嫉妬がある。けれども不思議と七海からはそのような昏い感情は感じられなかった。そう言う公平な資質を持つ女性も多い―――思えば紗里もそうだった。


しかし七海が雪の顔を見つめたまま口を閉ざしたので、内心ヒヤリとしながら彼女に尋ねた。


「もしかして……何か気になる事がありますか?」

「いえ、あの―――お綺麗だなぁって。スイマセン、ただ見惚れていただけなんです。製作側って言うより、モデルさんみたいだなって」


年下の女性にそのように言われる事は雪に取って珍しく無かった。ホッとするのと同時に、素直な賞賛が可愛らしくて思わず笑みが零れてしまう。


「ふふ、有難うございます。実際ずっと雑誌モデルをやっていたんですよ」


そうして世間話を重ねていると、コンコンと扉を叩く音がした。




『七海、まだかかりそうか?』




扉越しに聞こえた声に、雪は息をのむ。


「終わったよ」

『入っていいか?』

「おっけー」


親し気な軽妙な遣り取り。心を許した様子に、今度は別の意味で胸が苦しくなる。雪は扉に向き直り待ち構えた。


「タクシー呼んだから……」


雪は開かれつつある扉を注視した。そこに現れたのは―――

彼女は思わず、瞬きを繰り返す事になる。


満面の笑顔で現れた男は―――確かにかつて雪と付き合っていたあの『彼』だった。

けれどもその纏う雰囲気があまりにも違う。ウキウキと、まるで花が飛び交うような浮かれた雰囲気を纏って現れた男を見て、雪は一瞬別人ではないかと疑ってしまった。思わず改めてマジマジと検分してしまう。すると雪に気が付いたらしい彼が口を噤んだ。


その反応をみて。

やっと確信したのだ、やはり目の前の男性は、あの『彼』なのだと。


次の瞬間、我に返った様子の彼はペコリと雪に向かって頭を下げた。その他人行儀な態度に止まっていた思考が再び動き出した。雪も慌てて頭を下げる。そんな雪に目をとどめる事無く、直ぐに彼は妻である七海に向き直った。


「七海、タクシー待たせてるから。荷物どれ?」

「あ、えーと……あっちの鞄と紙袋が」

「これ?」

「うん。あ、私持つよ」

「いいって。疲れたろ?それより玲子がお腹空いたって言ってたから早く行かないと喚き出すぞ。―――スイマセン、じゃあ俺達下がります。今日は有難うございました」


そう言って彼はスマートにその場の介添え担当の女性に頭を下げた。妻らしく隣に立った七海もそれに倣って頭を下げる。一言二言お礼を述べると、今度は七海が雪にも向き直り頭を下げた。


「美山さんも有難うございました」


流れるように堂々とした挨拶をする彼を息を詰めて見守ってしまっていた。雪は、我に返って慌てて笑顔を作った。


「クリーニング終わったらご連絡致しますね」

「はい。よろしくお願い致します」


彼は妻の横で押し黙っている。雪の方に目を向けているようで―――見ていない。

不意に切なくなって―――雪はしっかりと、彼に向かって頭を下げた。彼も返事のように頭を下げたが、決して雪に言葉を掛ける事は無かった。そうして七海の手を取って、扉を開き廊下に出てしまったのだった。


夢のような時間が過ぎて。ハーっと大きな溜息に雪の思考は引き上げられた。振り向くと介添えの女性がピンクに染まった頬を両手で包み込むようにして、瞳を潤ませていた。


「素敵ねぇ~。ね、スッゴイ美男子イケメンよね!あの旦那さん」

「……そうですね」


それは否定しない。相変わらず彼は綺麗だった。雰囲気は変わったように感じたけれども―――キラキラと内面から輝くような存在感は相変わらずだ。


「羨ましいわぁ……スッゴく大事にされてるわよね、あの奥さん」

「そうみたいですね」


雪はもう一度頷いた。七海をさり気なく気遣う仕草は流石だった。女性をエスコートするスマートさも相変わらずだと思う。


「写真撮影の時も気になって観てたんだけど―――見てるコッチがドキドキしちゃった!もーう、あんなにカッコイイ旦那さんにベッタベタに甘やかされて!本当に羨ましい……ウチの旦那に見習わせたい~。いや、でもあのイケメンがやってこそか……ウチのがやったら痒すぎるかも」


などと介添えの女性はブツブツ言っているのだが、雪は思わず耳を疑ってしまった。

『ベッタベタに甘やかされて』?!まさか、と思う。あの落ち着いた、冷静だった彼が?情熱と一番遠い所にいるような寡黙で穏やかだった彼が……?聞き間違いか、それとも女性の見間違いじゃないだろうか。


雪は少々混乱していた。ここを一刻も早く立ち去りたい衝動に駆られつつドレスを畳み、持参した箱に丁寧に仕舞い込んだ。「失礼します」と頭を下げて扉を開けて廊下に出た処で、今にも出入り口に手を掛けようとする二人を目にし、思わず足を止める。


当り前のように妻の手を握り、反対の手に彼女の荷物を抱えるその背中が、扉の外明るい日差しの中に溶けるように消えて行くまで―――雪はその場に立ち尽くしたのだった。




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