11.久石君の事情(4)☆【最終話】
『久石君の事情』最終話です。
※アルファポ版と一部内容が異なります。
オレンジジュースを一口含み、川奈はテーブルにグラスを置いた。
そのオレンジ色の水面から目を離さずに、ポツリと呟いた。
「私ね、やっぱ久石君の事―――好きかも」
「えっ」
久石は思わず言葉に詰まった。聞き上手な川奈に言わなくても良い事まで全てぶちまけてしまい、いい加減呆れられたのだと落ち込んでいたのだ。信じられない気持ちで聞き返す。
「……本当に?」
「うん。でも……」
驚き、まるで凝視すれば真意を見通せるとでも思っているかのように彼女の横顔を見つめる久石に視線を向けないまま、川奈は言った。
「でも?」
「不安かな?」
「不安……」
「久石君に心を預けちゃうのが」
やはり久石には川奈の言葉に籠った真意を読み取る事が出来ない。しかし追い縋るように重ねて尋ねた。
「それって、俺が頼りないって事……?」
「うーん……なんて言って良いんだろ。久石君の大学の彼女と同じ不安を、私も感じているってコトなのかな?―――だって久石君、隙あり過ぎ。迂闊だよ。すーぐ肉食女子に騙されちゃうし」
「うっ……」
川奈がクルリと久石の方を向き、真っすぐに久石の視線を受け止めた。思い当たる節が有り過ぎる久石は言葉に詰まってしまい、呻くしか無い。
「例えば私と久石君が付き合ったとするでしょう?で―――久石君本人に裏切るつもりが無くても、騙されたりしてうっかり結果的に貴方が私を裏切ることになったとしたら……きっと私はその大学の時の彼女と同じようにショックを受けるだろうし、久石君を許して何も無かったように過ごすなんて出来そうもない。だから……結局別れる事になると思う」
一つ一つ考えながら言葉を選ぶ川奈に、久石は焦ったように呟いた。
「いや、でも俺……実際、浮気出来る体じゃないし」
「ちゃんと診断受けた訳じゃないんでしょ?それに今はそうかもしれないけど、病気が治ったら?病気を治したいって思ってて……そんな時良さそうな子に誘われたら、試したくなったりしない?」
「しないよ……!」
久石は今度は強い口調で言った。川奈を好きだと思っている気持ちに嘘は無いし、浮気をしようなんて思う筈がない―――そういう確信があったからだ。
「……でも久石君にその気が無くても、罠に嵌められたりしそう」
けれどもズバリと川奈に指摘された内容には、前例があるだけに反論できずに呻くしかなかった。しかし『好きかも』と言ってくれた事に一縷の望みを託して、更に追い縋ってみる。
「っ……と言うか、川奈さんさ、そもそも俺がこんな状態でも付き合いたいって思ってくれるの?」
「えーと、それはあんまり気にならないの」
「え、そうなの?―――嫌じゃない?その……欲求不満になるとか」
「なるかっ……!!AVじゃあるまいし!元々その~~苦手で、そう言うの。男の人と距離置いてたし」
急に歯切れの悪い口調になった川奈は、急に居心地悪げに視線を彷徨わせ始めた。そんな川奈の気持ちを推し量ろうと、久石は彼女の顔をジッと見つめた。
「何で?彼氏いたって言ってたよね」
久石が川奈の顔を覗き込もうとすると、フイと逸らされてしまう。
「その~……うん、あれだ」
「『あれ』って何?誤魔化さないでよ……気になるだろ」
「馬鹿にしない?」
「しないって!俺の方が恥ずかしいよ!こんなに明け透けに全部話したのに」
「じゃあ……言うけど……引かないでね?」
川奈はとうとう覚悟を決めてかつて臆病だった格好悪い自分と、拙い残念な性体験を打ち明ける事にしたのだった。
「えーとね、その……私きっと不感症なのよね」
「ふか……」
「恥ずかしいから繰り返さないで……!!その、経験はあるんだけど……まっっったく気持ち良くなくてね。て言うか痛いばっかりでね。でも当時付き合っていた彼は多分色々努力してくれたんだろうけど……どうにも付いていけなくて」
「……」
「結局そのー……申し訳なくて、感じているフリをするようになっちゃったんですよ。そしたら彼がなーんか勘違いしちゃって自信持っちゃって……そのうち発言もアレな感じになって来て」
「『アレ』ってナニ?」
「え……」
言いたくなくて濁したのに、久石は追及を弱めてくれない。しかし自分も同じような事を先ほどしてしまった為、川奈は逃げ場がないような気分になってしまった。
「うう~……その、なんていうの?普段大人しい人だったんだけど……AV好きだったのかな、彼。なんか私が感じているのを揶揄うような台詞を言い出して、ね。私全然そういう状態じゃ無かったから戸惑いばかりが大きくてね、本当のコト言った方が良いのかずっと悩んでたの」
「……」
「でもその内、お互い仕事が忙しくなっちゃってすれ違っちゃってね、あっちから『別れよう』って切り出して来て……お終い。実は……付き合いの後半の方はもうやりたくなくて、お泊りとか色々口実つけて断ってたんだよね。だからあっちは下手すると、私の気持ちが離れたって誤解しているかもしれない」
「……」
途中から久石が物思いに沈んだように口を閉ざし始めたので、川奈は少し不安になった。
「それ以来、どうにも男性との付き合いに臆病になっちゃって。えーと……さすがに引いちゃった?」
恐る恐る尋ねると、久石は大きく口を開いて言った。
「全然、大した話じゃないじゃん!」
無言から―――唐突な強い口調の否定に、川奈は吃驚して目を見開いた。
「えっ……そう?」
「むしろ萌える……」
「え?何?」
「いや何でも……」
今まで誰にも、付き合っている彼本人にも伝えられなかった事を、川奈は久石に包み隠さず話してしまった。思い切って勢いで打ち明けてはみたものの、一旦口にしてみると自分の中で過去の苦い体験を整理しきれなかった事に気が付かされた。
不感症かも、と言う事実より何より、ちゃんと前カレに向き合えずウジウジ本音を黙っていた自分に―――川奈はいまだに納得できずにいたらしい。久石の衝撃的過ぎる黒歴史の告白につられて、やっと本当に自分が引っ掛かって来た本質的なところに目を向ける事が出来た気がした。
だから幾分スッキリした気持ちで……川奈は自分の気持ちを素直に言葉にする。
「そんな訳でだから特に出来なくても……むしろ出来ない方が気が楽ではあるのよね」
「じゃあ、まだ俺にもチャンスはあるって事?」
「ええと出来ないくらいで付き合えないって言うのは無いよ?でもなぁ……三角関係とかに巻き込まれるのは流石にやだなぁ……久石君無防備過ぎるんだもん。それか病気治ったら、私なんか捨てて違う子にすぐ目を向けそう」
川奈が低い声で不安を告げると―――すっと彼女の体を解放した久石が、神妙な表情で俯いた。
「もう懲りたし、今もかなり気を付けてるよ。……それ言ったら、俺だって不安だよ。もし俺が治って迫ったら、川奈さんに嫌がられて捨てられそうな気がする……」
「いやーそんな事……ないと思うけど……」
川奈も何となく俯いてしまう。
暫し沈黙が流れた後、川奈が膝の上で握りしめている手に、ふと久石の指が触れた。
「あのさ……」
そのまま久石の大きくて暖かい掌に川奈の拳が包まれる。
「俺、川奈さんの事、すごく好きなんだ」
直球が川奈の耳が擽った。
「うん……」
「だからもっと一緒にいたい。その、先の事は……正直今の俺が『大丈夫』っていくら言っても信じて貰えないかもしれないけど……いろいろ頑張るから、もうちょっと長い目で見てくれないかな」
「……」
思案気に押し黙る川奈を見て、久石はオズオズと尋ねた。
「やっぱ、駄目……かな?」
川奈は顔を上げて久石の自信なさげな表情を見た。
「じゃあ―――」
そして自分の右手の拳を包んだ久石の左手の上に―――左手を乗せた。
「清いお付き合いから、始めますか!」
「えっ……」
ポカンと川奈を見つめる間抜けな表情の久石に、彼女はニッコリと微笑みかけた。
「中学生のお付き合いみたいだけど―――私達にはまずそれで充分なのかも。せっかくだからちゃんとお互いの性格とか中身とかもっと良く知合う所から始めようよ。それでさ、それでお互い出来ない事や不安をちゃんと話し合って、躓いたらその都度話し合って行けたら歩み寄って行く事もできるんじゃないかな……まあ、希望的観測ではありますけど」
「―――っ」
そう宣言した直後、川奈は久石にグイッと引き寄せられて抱き込まれてしまった。
何だかヘンテコな展開になってしまった……と思わないでもないけれども。
川奈の胸はその時、妙に満たされたのだ。
そんな訳で川奈と久石は未だにお付き合いを続けている。良好に進む二人の付き合いに興味津々な小日向が「何処まで行ってるんですか!」と尋ねて来た時。
「あら、失礼ね!―――私達、まだ清い仲なのよ」
微笑んで川奈がそう答えると「冗談ばっかり言ってないで、ホントのこと教えてください!」と小日向に怒られてしまった。
川奈と久石の二人が『清い仲』を脱するのは……もう少しだけ、後の話である。
【久石君の事情・完】
川奈と付き合ってからの久石は仕事により一層集中して看護師に怒られる事も少なくなり、更に人気物件に!しかし肉食女子のちょっかいを受けても全力回避。振られたくない一心でフラフラ迂闊な真似はしなくなりました。めでたしめでたし……(か?)
川奈と久石の裏設定でした。下ネタ&お互いの黒歴史ぶっちゃけトークに終始してしまいスイマセン。
拙作をお読みいただき、誠に有難うございました。




