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10.久石君の事情(1)☆

七海の同僚、川奈と黛の同僚、久石のお話です。裏設定の説明のようなお話です。


※トラウマ、心因性の病気の話があります。直接のR表現はありませんが昔の嫌な体験を振り返る描写があります。(必要ないかもしれませんが、念のためタグにR15を追加します)不安に思う方は回避していただくようよろしくお願いします。こちらを読まなくても今後のお話を読み進めるのに支障はありません。

※アルファポ版とは一部内容が異なります。



後輩の小日向が仕切った合コンで、川奈美玖(みく)は久石と出会った。久石徹は見た目はシュッとしている、短髪に銀縁眼鏡の小洒落こじゃれた男だ。そして同僚の江島七海の夫と同じ大学病院で働いている研修医である。七海の夫のように目を瞠るほどの美男イケメンと言う訳では無いが十分格好良いし将来はお医者様、わざわざ合コンで彼女を見つけなくても女の人が圧倒的に多い職場で勝手に寄って来るのでは?……と川奈は単純にそう考えたが、聞くところによるとお医者未満の研修医は忙しく働く看護師には少し鬱陶しい相手であるらしく、キツク当たられて日々落ち込んでしまうそうだ。プライベートでも仕事を思い出すのは厳しいので、恋愛対象は職場外で探したいと言う者もいるのだと言う。

川奈はそんなものか……?とあまりピンと来なかったが、久石はそう言うワケで声を掛けられたこの合コンに参加する事に決めたらしい。


「職場って、看護師さんばかりじゃないでしょう?受付の事務の女の子とか……それに看護師さんもキツク当たる人ばかりじゃないんじゃない?」


何度か一緒に出掛けて親しくなった後、川奈は直球で聞いてみた。すると久石は少し逡巡してからポツリと答えた。


「うん、受付の子とは……付き合った事がある」


どうやらその子とは上手く行かなかったらしい。


久石は見た目も良いし、医者と言うエリートっぽい職業についているのに傲慢な所も無く、話題も豊富で感じが良い。入れ食い状態でもおかしくはないなぁ……と川奈は思う。彼は看護師が怖いと言う事だが、皆が皆アタリが強いわけではないだろうし、職場で厳しく接する看護師もプライベートではまた違うのではないかとも思う。周りがほうっておかなそうなのに何故フリーなんだろう?と、やはり川奈は不思議に思ってしまうのだった。




何度か食事に出掛け、ショッピングをしたり映画にいったり友達以上恋人未満の付き合いを二人は続けていた。そんなある日、久石に誘われて訪れたのは隠れ家的なイタリアンレストランだった。


「わぁ、ここ来たかったんだよね。久石君は結構来るの?」

「一度飲み会で来ただけだよ。でも美味しかったから、もう一回来たいと思ってたんだ」


ネットのランキングで上位に掲載されていたお店だ。口コミを読んで気になった川奈が以前予約を取ろうとした時は、満席だった。こんな風に久石のチョイスはいつも川奈にピッタリ来る。好みが似ているのだろうか?と、川奈は少しくすぐったい気持ちになる。


まず最初はグリーンサラダ。黒いエプロンと白いシャツの端正な容貌の女性が、テーブルの上に彩り鮮やかな皿を配膳し、その場で塩、オリーブオイル、バルサミコ酢の順に振りかけてくれる。次はトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ。モッツアレラは本来の原料である水牛の乳を使ったもので、濃厚な旨味がある。川奈は思わず「ん~~!美味しい!」と唸って小刻みに足踏みしてしまった。

クスリと久石が眼鏡の奥の瞳を細めて笑う。川奈は恥ずかしくなって頬を染めた。


「見てないで、久石君も食べて!美味しいよ」

「はいはい」


すっかり打ち解けた雰囲気が、二人の間には漂っている。まさに友達以上恋人未満と言った気安い関係に川奈はすっかり満足していた。ちょっとした時間を共有できる存在がいるという事はこんなに楽しい事だったのだと―――久しぶりに充足感を味わわせて貰っている。


「レモン絞っていい?」

「あ、ありがと。お願いします」


大きくてプリプリした新鮮な生ガキが六つも載った皿には、国産のレモンが半個分ドン、と豪快に添えられている。久石はそれを手に取って手慣れた仕草で絞り始めた。彼はこういう事を自然に躊躇なく行う。もうちょっと偉そうにふんぞり返ったって責められないスペックを持っているのに、と川奈は思う。そのままで十分モテそうなのに、更に気も利く男……彼女がいないのが不思議でしょうがない。厳しい看護師が苦手、と言う事だが何も川奈のような特に取柄の無い普通のOLを相手にしなくても、十分色んな女性が寄って来るのではないか、と思う。


川奈は自分にそこそこ満足しているし、それほど自分を卑下している訳ではないのだが―――それにしても、久石にはあまりメリットの無い付き合いのような気がしていたのだ。

もしかして川奈がグイグイ関係を迫らないから、これ以上の関係を望んでいない久石にとってはちょうど良い距離の女友達だと言う認識なのかもしれない。それとも―――ひょっとして何か特殊な事情や性癖があって、付き合い切れないと彼女に振られてしまうとか?だからいまだにフリーだったりして……なんて馬鹿な事を想像してしまうくらい、川奈には目の前の男は魅力的に見えた。




一通り食事を堪能した後、川奈は安納芋のケーキを選び久石はチョコケーキを選んだ。ジャージー牛のジェラートが添えられたプレートとエスプレッソの組み合わせに、川奈はゴクリと唾を飲み込んだ。


「うーん、お腹いっぱい!でもデザートは入っちゃう……っ」


と川奈が悔しそうに呻くと、久石が声を上げて笑った。


「やっぱ、いいなぁ」


ジェラートを一口頬張った川奈は、首を傾げた。


「何がいいの?このお店?」

「川奈さんのことだよ」


サラリと言われて―――川奈は思わず喉を詰まらせそうになった。


「―――久石君って……」

「何?」

「もしかして、慣れてる?」

「え?」

「勘違いしそうになるから、そう言う迂闊な事あんまり言わない方が良いよ」


思わせ振りな台詞に思わずドギマギしてしまった。だけどあからさまにモテそうな久石が、惜しげも無くそんな言葉を大盤振る舞いするほど、自分は高級な女じゃないハズ、と川奈は思った。揶揄われているのかもしれない―――なんて思わず身構えてしまう。


「勘違いじゃないよ」

「え?」

「俺、川奈さんの事好きなんだ」

「―――」


一瞬時が止まった。


「え?」

「川奈さんと―――出来れば付き合いたいと思ってる。もし、川奈さんが良ければ、だけど」

「……本気?」

「冗談言ってるように見える?」


久石は薄く微笑んで質問で返して来た。


「川奈さんは―――どう思ってるの?」

「私……は……」


言い掛けて口を噤んだ川奈をジッと見つめて、久石は笑顔を引っ込めた。


「―――ゴメン、川奈さん。川奈さんに尋ねる前にもう一つ事前に言わなきゃならない事があるんだ。もし……もし、万が一川奈さんが俺を気に入ってくれて、少しでも可能性があるなら……それを聞いた上でゆっくり考えて、返事をして欲しい」

「……『言わなきゃならない事』って?」

「それは―――」


言い掛けて口籠る久石に、川奈は答えた。


「私も―――久石君のこと、好き……だと思う」

「―――っ」


息をつめた久石の頬が少し紅潮する。


「でも私も……ちゃんと付き合うのは不安な所もあって」


そう呟いて川奈は視線を落とした。そんな川奈を目にし久石もテーブルに視線を落とす。暫く沈黙が続いた後、久石が顔を上げた。


「あの、ここじゃなんだから―――ウチに来ない?」

「え?」

「あ!あのさ!別に変な事はしないよ、約束する!その、俺の家すごく近いんだ―――それに聞いて貰いたい事って、外じゃちょっと話しづらい事で」

「……」

「ホントに、ゼッタイ大丈夫だから。って、そうだよな。これって下心ある奴の常套句だよな……信用できなくても、仕方ないよね。あ!何だったら何処か個室のある店今から当たっても……」

「プッ……」


久石の慌てぶりが可笑しくて、思わず川奈は噴き出してしまった。


「信用する―――信用してるから、久石君のおうちお邪魔させて貰おうかな?どんなお部屋なのか、正直見て見たいし」

「え!あ、ホント?……いや、そんな大した部屋じゃないんだけど……でも、良かった。そっか、そっか。じゃあ、これ飲み終わったら移動しようか」


ホッとした様子の久石があからさまに緊張を緩めたので―――川奈はまた少し笑ってしまったのだった。



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