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スマイリーデリバー!  作者: くっしー
小さな小さな巡り合い
8/36

1-8


 すっかり正午もすぎた頃、玄関口からルクリアを呼ぶ声が響く。よく通る明るい女性の声。


 「――リアちゃーん。いるー?」


 数拍の間を置いてもう一度。今度はさっきよりも少し大きな声で。

 肝心のルクリアはと言うと、リビングの窓から差し込む暖かな陽の目に包まれ、モモと二人仲良く夢の世界を楽しんでいた。何度目かの呼びかけでようやく来客に気づき、寝癖もそのままにまだ開ききっていない眼を擦り玄関へ赴く。


 「誰ですか~今日は仕事しません……ってティルじゃん、どうしたの?」


 寝ぼけた声で玄関の開き戸を押すと、そこにいたのはやや心配そうな顔つきをしたティルだった。今日は軍の制服ではなく私服で、普段の格好とは対照的な柔らかい印象の着合わせが印象的だ。ふわふわのロングスカートの下に薄手のレギンス。リボンがアクセントで光るオフホワイトのジャケットが、栗毛色の髪の柔らかさを一層引き立てている。


 「どうしたのじゃないよー。手形に配達完了の通知こないし、お店に行ったら開いてないし、心配したんだから」


 「ごめんごめん、ちょっといろいろあってさ……。今日は休み? あがってきなよ~」


 ルクリアは返事も聞かずにティルの手を取り、そのまま家へと案内する。小さなため息をつきながらも、まんざらでもない様子で付き従うティル。よく遊びに来ていた頃と変わらぬ見慣れた玄関。相変わらず綺麗に使われていることが見て取れる家の中を、少し懐かしい気持ちで眺めながら進むティル。リビングに通されると、思わず驚きを隠せずに声を上げる。


 「リアちゃん! この子誰!? ま、まさか隠し子――」


 「そうそうすっかり大きくなっちゃって~って、んなわけないでしょ~が!」


 テンポ良くツッコミを入れるルクリアの声で目が覚めたのか、モモの身体がごそごそと動き、まだ夢の世界から抜け切らない面持ちでルクリアとティルを交互にじっと見つめる。しばらくの間二人と視線を交差させるうちに徐々に意識が覚醒したのか、一瞬なにか言いたげにした後、跳ね起きてティルをじっと睨む。ぴんと立てた耳と尻尾が緊張感を孕む。


 「あー起こしちゃった……。うるさくしてごめんねー、リアちゃんの友達のティルシー・ベリフィーネです。よろしくね」


 「モモ……です」


 ティルの柔和な態度と雰囲気にすっかり毒を抜かれたのか、きょとんとした表情のままその場で固まってしまうモモ。苦笑しながら、説明するからとルクリアは二人を席に着かせ、紅茶でも淹れるね、と自分は席を離れる。テーブルでは気まずい沈黙が流れる中、未だ魔力を補充してもらえていないクックンが、最後の力を振り絞ってお湯を沸かす音だけが響く。


 「はい、お待たせ~」


 鼻腔をくすぐる香りがリビングを満たした頃、テーブルの上に紅茶の入ったカップが三つ置かれた。純白の下地が紅茶の深い色を引き立て、より一層美味しそうに見える。


 「わあーいい匂い。いただきまーす」


 「……ん」


 嬉しそうに香りを楽しみながらカップに口をつけるティルを見て、興味津々で同じように真似をしてみるモモ。煌く湯気に当てられて顔を火照らせながら、舐めるようにして一口。しばらくと経たないうちに眉間にしわを寄せ、苦い……と率直な感想を口にしながらカップをテーブルにそっと戻す。それを見てルクリアは、テーブルの脇にある透明なグラスから、人差し指の先程度の大きさをした角砂糖をひとつ取り出して、モモのカップの中に落とした。カラン、と澄んだ音を立ててカップの底に沈む四角は、すぐに姿を消して小さな泡の余韻を残す。ルクリアに勧められて、嫌そうな表情でもう一度紅茶を舐めるモモだったが、先ほどの苦味の薄まった甘味にすっかり魅了されたのか、目をキラキラと輝かせて一口、もう一口と堪能していた。


 「そうそう、配達はちゃんと終わってるから心配しないで! ほらこれ」


 やや唐突とも言えるタイミングで、ルクリアはシャツの胸ポケットから届け先だった屋敷の家主が筆記したサインの入った手形用紙をテーブルに出して置く。少々砂埃で汚れていたが、確かにサインが入っていることはしっかりと見て取れた。


 「はい、じゃあそれは安心ね。よかった」


 「ところでなんであれティルの所から注文されたの? 普通に資材売ってるお店でも買えそうだけど」


 手形用紙をティルに手渡しながら、ふと思いついた疑問をぶつけてみるルクリア。そんな二人の会話を物珍しそうに眺めながら、まだ湯気の立つ紅茶をちびちびと飲むモモ。


 「あぁ、あの人――クリス・ヒューロンって言うんだけど、孤児を引き取って働けるようになるまで面倒を見るのが趣味の人でねー。問題を起こした身寄りのない子を一時的に預かってるのが軍の詰め所だから、直接面識あるんだよねー。それつながりで、いろいろ安く譲ってる感じー」


 孤児という単語にピクリと反応したモモを見て、やや気まずそうな作り笑いを見せるティル。余っていたカップの中身を一気に飲み干し、自分からは何も言わずにただじっとルクリアとモモを見つめる。ルクリアはその様子を見てため息をつくと、開けたままだったキッチンの風窓を閉めて再び席に着き、別にモモを引き渡したりはしないよ、とモモの頭をわしゃわしゃと撫で回して微笑を浮かべる。うっとおしそうな表情で手を払いのけるモモだったが、どこか安心したような雰囲気もうかがわせていた。



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