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「モモくん、これからどこか帰る家はあるの?」
「ねぇよそんなもん……あんたわかっててきいてるだろ」
再び剣呑な空気が辺りに漂う。モモの握り締めた手に力が入り、言葉次第では今すぐにでも食いかかるぞ、という気迫に満ちた鋭い眼光がルクリアを指す。
「うん、ごめんね。でも確認だけはしておきたかったから」
若干伏し目がちに返すルクリアだったが、一呼吸置くとすぐに普段の明るい瞳をのぞかせてこう続けた。
「じゃあうちで働かない? ご飯と寝泊りする場所と、おしゃれはできないかもだけど着るもの付き! どうかな?」
「…………えっ」
あまりにも突拍子もないルクリアの提案に対して、モモが返せた言葉はそれだけだった。所在なさげにふらふらと揺れる尻尾が、モモの心境をよく表している。
「わたしが配達に行ってる間、店番しててくれるだけでいいからさ! なんならただ店に突っ立ってるだけでも――」
「いやまてよおかしいだろ。話飛びすぎだし、そもそもあんた、オレが”何”なのかわかっていってるのかよ」
「わかってるよ。わかってるけど、このままにしておくなんてわたしが自分を許せない。モモくんにはいらないお世話かもしれないけど、それでも、わたしが自分から関わった事だから。モモくんがまたあんな目に合ってるところは見たくないから!」
一気に言葉を吐ききったルクリアは、自分でも驚きを隠せないでいる様子だった。モモの方はと言うと、すっかりルクリアに気圧されたようで、若干ながらその身を後ずさりさせて、呆気に取られたような表情のまま固まっている。
熱さの余韻を冷ますように、静寂に包み込まれる一室。中身のなくなった小皿に立てかけられた食器が倒れ、カランと乾いた音を立てる。それを合図にしたかのように先に口を開いたのはモモだった。
「……オレは、みためのとおり混血種だ。何と何のまざりものなのかすらわからない、うまれたそのときから、ほかのやつらとおなじように生きることはゆるされない存在だった。親のかおもしらない。まえまで住ませてもらってたところではめずらしいからっておいかけまわされて……」
次第に潤んでいく瞳に大粒の涙を浮かべ、途切れ途切れに言葉を紡ぐモモ。
「にげてきてあの倉庫にかくれてた。でも食べるものもなにもなくて、食べのこしをさがしにいこうとおもったらあんな目にあった。もういやだ……痛いのも……さむいのも……。せめてことばづかいだけは強くしようとおもっても、オレは魔法のつかいかたもわからないし力もないから……だれのやくにもたてないから……だから…………」
ルクリアは相槌を打ちながら、とめどなく溢れ出る言葉と涙の奔流から守るように、モモを後ろからそっと抱きしめる。ずっと耐えてきた心の痛みを打ち明け、震える小さな肩で泣きじゃくるモモの姿は、歳相応の無垢な子供のものだった。
「もう大丈夫だよ。これからいっぱい、楽しく過ごせばいいんだから、ねっ?」
優しく髪を撫でると、うな垂れていたふわふわの耳がひょこひょこと動く。初めて自分が受け入れられたことに戸惑いを隠せない様子だったモモだったが、安心感が勝ったのかやがて少しずつ四肢に込められた力が抜けていき、そのまま机に突っ伏す形でまた眠りについてしまった。痩せこけた頬を洗った涙の跡をそっと撫ぜ、微笑を浮かべたルクリアは、今日はゆっくり休んでいよう、と心に決めたようだった。