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夜の訪れた商店街は、昼間とはまた違ったにぎやかさがあった。
夜店から漏れる色とりどりの淡い光が来訪者を出迎え、これから帰路に着く人々を見送っている。昼間賑わいを見せていた店は静かなひと時の休みを得て、代わりに夜になると始まる食堂などが、この場所を盛り上げているのだ。
開いているお店はどこも大盛況の模様で、わき目も振らずに自分達の持ち場で手一杯。
そんな状況はとても好都合だった。自分の背中に身を預けている、誰の子とも知れない混血種の子供について誰かにいろいろ詮索されるのは面倒だ。
ようやく自分の店に到着したルクリアは、未だ意識を取り戻さない子供を、そっと小さな待合室のソファに寝かせてから手早く店を閉める。
カラカラと小気味のいい音を立てて降りるシャッターが閉店の合図。暗くなった店内の小さなランプに明かりを灯すと、ふわっとした暖かで優しい光が辺りを包む。むき出しなレンガの内壁と相まって小さな隠れ家のような雰囲気だ。
普段、荷物が汚れないようにと使っている薄手の大きな布を取り出し、防寒具代わりにとそれで子供をくるむ。心なしか表情が緩んだ子供をお姫様抱っこの要領で抱きかかえ、ランプに灯されていた明かりを消して店の裏手から外に出る。
いくら夜の街の喧騒の中とはいえ、布にくるまれた子供をお姫様抱っこをして歩こうものなら、注目を集めるのは必然だ。加えて、この辺りでは珍しい色素の薄い桃色の髪もまた、人の目を引く要因になる。
さすがにそれはルクリアも自覚しているようで、ひとしきり店の裏手で考え込んだあげく、
「ちょっとお行儀悪いけど……。今日だけ! ごめんなさい!」
一瞬、狭い路地裏に桃色の光が弾けて、消える。
ルクリアはその場で大きくジャンプし、建物の屋根に飛び乗った。身体強化系の魔法を使っていれば、この程度の事は朝飯前だ。
屋根から屋根へ、明かりから明かりへ。夜の空を駆けると、薄桃色の軌跡が流れ星のように群青を彩る。陽気な話し声が響く酒場を超え、商店街の入り口にある龍の像すら踏み台にして、また大きく空へと飛び上がる。
――結局、多少目立つ結果になってしまったけれど、空を飛ぶ生き物ならこの世界にはごまんといる。たまたまわたしを見た人も、みんなすぐに忘れてしまうだろう。
若干開き直りながら、静かな通りに連なる民家の屋根を駆け抜ける。時折、居心地が悪そうに抱かれた腕の中で寝言のような声を出す子供にも気を配って不安定な足場を飛び回るのは、思っていたより大変。しかし、もう自宅は目の前だ。
一階建ての質素な平屋。取り立てて特別なことはなにもなく、玄関口へ上る石段と小さな庭、屋根にある雨水を貯める大きなタンクが目を引く程度だ。
片手で玄関の鍵を開け、ただいま、と声を出してはみるものの、いつも通り真っ暗な家の中から返事はない。
綺麗に整頓されたリビングを抜け、小さな自室の一角にあるベッドに汚れたままの混血種の子供をそっと寝かせる。
――ぼろ切れとはいえ、知らない人に服を勝手に脱がされるのは嫌だろう。
「は~つっかれた~……。ご飯は……もういいや」
そう呟いて上着を無造作に脱ぎ捨ててから、指先に小さな火を灯す。
まだ燃やしきれていない薪の残る暖炉にそれを落とすと、パチパチと音を立てて火は広がって、暖かな空気を部屋に送る。
今日を頑張ったこの家の主を褒めるように揺れる炎の前で、ルクリアは少しずつ眠気に襲われて、やがてそのまま眠りについてしまうのだった。