4-5
「準備よし……っと。ちょっとモモ~! いつまで年頃の女の子みたいに着替えてるの? 置いてくぞ~」
あの悪夢のような夜から、はや一ヶ月が過ぎた。四月を迎えたメリカの街は、朝からとても賑やかだ。街路に咲き誇る桃色の桜並木も、半開きの玄関扉の中からでもわかるほど、朝日に照らされて輝いている。
「うっさいな。オレは年頃の女の子だろ」
眉を吊り上げて、抗議の意を示しながらリビングからモモが顔を覗かせる。服こそきちんと着れているけれど、残念。寝起きそのままの頭のてっぺんでは、ひと束の髪がまるで新芽のように激しく自己主張中だった。所謂アホ毛というやつだ。どうせ帽子を被るからと本人は直す気がないらしいが、あれではあまりにも可哀想だろう。
「もう、しょうがないな~。ほれ、頭貸してみ」
一旦履きかけた靴を脱いで、ルクリアは再び家の中へ。医務室で目覚めた当初こそ、こんな動作をするだけで傷がチクチクと痛んでいたけれど、今となってはすっかり快調だ。
思えば幼少期からやたら回復力の高い自分の身体に感謝しつつ、髪を直すことをめんどくさがりぶーたれるモモの手を引いて脱衣所、兼洗面所へ向かう。
鏡の前にモモを立たせて、少量のお湯を手に取り、ボサボサなままのモモの髪を手櫛で梳かす。相変わらず綺麗なまま、少し伸びたモモの髪。前は肩にかかる程度だったのに、いつの間にか鎖骨を超えそうな勢いだ。
モモの髪を整えながらも気になるのは、鏡に映る自分の姿。自慢の長髪はボロボロになっていたからばっさりと切ってしまったは良いけれど、どうにもその軽さと、ふと鏡に映る髪の短い自分を見ると、慣れないせいか違和感があった。
前髪はそのまま、横はモモより少し長い鎖骨の下くらいで、後ろは肩にかかる程度。切ってくれたティル曰く、 ”最先端のファッション” らしい。絶対に嘘だ。最先端過ぎて、こんな髪型の人をメリカで見たことはない。けれど、不思議と前よりも自分にあっているような気もするので、きっとしばらくはこのままだろう。
「まーだぁ? もういいよめんどくさい」
「そう言うなって~。ほら、終わったよ」
すっかりツヤツヤふわふわ綺麗になったモモの頭をぽんと叩くと、首輪から開放された子犬のようにモモは洗面所を走り去る。どこか嬉しそうに尻尾を振っている様を見ると、本当に犬のようだ。
小さなあくびをしながら、モモの後ろを追ってルクリアもリビングへ戻る。
荒れ果てていたはずのリビングは、ルクリアがモモを連れて帰宅した時にはすっかり綺麗になっていた。あの時は驚きのあまり、入る家を間違えたかと思わず家の前まで戻ってしまったものだ。
「みんなに助けられてばっかりだよね……わたし」
助けてもらうことは悪いことではない。けれど、助けてもらっているだけじゃダメだ。なにか、それに報いるような、恩返しとは言わないけれど、自分も誰かの役に立ちたいと、今はとても思う。
それでも、いきなり強くなれるわけじゃない。どんなに頑張ったとしても、きっといま自分に出来る以上のことを無理にしたって、心も、身体も持たずに壊れてしまうだろう。だからわたしは、ルクリア・フェアヘッドは、守ってくれた人のために、そして守りたい人のために、一歩ずつでもゆっくり頑張るって決めたんだ。
「はやくしないとおいてくぞ」
玄関口から響くモモの声。ついさっきルクリアが言ったような覚えのある台詞だ。
「すぐ行く~!」
可愛い妹を待たせたとあっては、姉の面目が丸つぶれだ。何かがおかしい気もするけれど、急いで靴を履いて、半分開いたままの玄関の戸を開け放つ。
眩しい朝日と共に、一気に身体に流れ込む春の空気。桃色の桜並木に染まった街路は、ふたりの出発を彩る魔法の絨毯のようにも見えた。
無愛想に、けれど楽しそうに少し前を歩くモモが言う。
「いこう」
「うん、行こう! 今日もみんなに笑顔、届けようね!」
――スマイリーデリバー! 完――




