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夢を見ていた。
きれいな星空が一面に広がる中で、誰かがわたしに語りかけてくる夢。
”わたし、まだ死にたくないんだけど” と、わたしにそっくりな声をした誰かは言う。
ごめんね、死んじゃった、とわたしが返すと、声の主は大きなため息をつく。
”まったく……。あんたが死んだらわたしも消えちゃうじゃない”
ごめん。でも一緒だよ、寂しくないよ。あれ、でもなんで、一緒なんだろう。あなたは、誰?
そんな夢から覚めて目を開けると、ぼやけた視界に映るのは見慣れない天井だった。
自分の周りをぐるりと取り囲むようにつけられたカーテンのレールと、そこから下がる白いカーテン。少し視線を横にずらせば、カーテンの隙間から漏れ出る光が、心地良くも眩しい。
自分が寝ているのはベッドの上だろうか。あまり寝心地が良いとは言えない硬さだ。手を動かそうとすると、毛布のような柔らかなものに動きを邪魔される。
あまり嗅ぎ慣れない、消毒液のような香りが充満する空間。一体ここはどこなんだろう。
「あ~……なんか身体中痛い」
身体を起こし、小さなあくびをして伸びをしようとすると、全身がピリピリと痛む。この懐かしい感じの痛みは、多分筋肉痛。
いったいなんでこんな何処かもわからない場所で自分は筋肉痛になっているのだろうか。そんな疑問を紐解くため、寝ぼけ眼のままぼーっと記憶の中の出来事を反芻する。
「あぁ、そっか。わたし、死んじゃったんだ」
思い出したのは、物騒な洋館のこと。わたしは結局モモも自分も守れずに、あの人の良さそうな爺さんに騙されて、最後には殺されてしまったんだっけ。ほんと、人は見た目によらないなぁ。いい意味でも、悪い意味でも。
とても悔しいけれど、終わってしまったことだ。仕方のないことだ。
「それじゃあここが天国……? な~んか思ってたのと違う。もっとキラキラしてて美味しいものがいっぱいの場所だと思ってたのに」
そもそも天国なのに筋肉痛だなんて、悪い冗談だ。死んだ後くらい、いつでも軽い身体で過ごさせてほしいものだ。
「モモもこっちに来てるのかな~。動けるみたいだし、探しに行こうっと」
身体の上にかけられていた毛布を取り払って、ベッドから降りるべく身体をずらして床に足をつく。木張りの床はひんやりと冷たく、裸足のままでは少しつらい。どうせ死んだのだから天使のように空を飛べないものかと、小さく一回跳ねてみるけれど、全く浮遊できるような気配はない。
「……天国不便すぎるんですけど。服は薄いし、迎えも来ないし、床は冷たいしもうなんなの」
目覚めた時からいつの間にか着せられていた、バスローブのような薄い服の襟を引っ張りながら不満をぶーたれてみるが、それでも神様や天使の迎えは来ない。もしかすると、ここは天国か地獄かの行き先を決める待合室のような場所なのだろうか。
カーテンの隙間からそっと顔を覗かせると、外の風景は病室そのものだった。今は誰も寝ていない白いベッドが三つほど並び、それらは全て綺麗に整えられている。床と同じく木張りの壁は、どこか懐かしさを感じさせる雰囲気だ。
辺りを見回してみると、ベッドの置かれていない壁面に小さな窓があることに気づく。目覚めた時の眩しい光はここから入ってきていたのだろう。周りに誰も居ないことを確認して窓を覗き込むと、一面に広がる青々とした芝生と、高くそびえ立つ灰色の囲いのような壁が見えた。
「な~んか見たことあるような景色~……。あの世ってもっとファンタジックな感じだと思ってた」
眼前に広がる景色に落胆していると、後ろから扉を開く音がする。驚いて振り返ると、そこには見覚えのある人物の姿があった。
その人物がこちらを見る目は、まるでなにか珍しいものを見つけたかのように大きく見開かれ、口はまるで餌を求めて回遊する魚のように、ぱくぱくと言葉もなく動いている。スラリとした肢体は相変わらず綺麗で、ほんの少し空色の混じった綺麗な銀髪の上で猫のようなふわふわの耳をピンと立て、特徴的な鋭角状の先端をした尻尾を行き場がなさそうにふわふわと揺らしている。
あの世での再開を喜んで名前を呼ぼうとすると、その人物は目に大粒の涙を浮かべて、そのまま何も言わずに扉に背を向けて走り去ってしまった。
「いったー……モモちゃん、どうしたの? あれっ、なんで泣いてるの!? 痛かった? ごめんねモモちゃん」
その直後、何かがぶつかる音と同時に扉の向こう側で響く女性の声。
ここはやかましい場所だ、生きてた頃とまるで変わらないじゃないか。などと思いながら、逃げられた不満を露わにするようなむすっとした表情で扉から顔を覗かせると、そこにはもうひとり見覚えのある人物がいた。
彼女は部屋から顔を覗かせる自分を見ると、先ほどの人物――というよりもモモ――と同じような表情を浮かべて、目に大粒の涙を貯める。しかし悲しいときに流すような涙ではなく、泣いているにも関わらずとても嬉しそうだ。
「えっ、ティル!? なんでここにいるの!? ……まさかティルも死んだの?」
恐る恐る訊ねると、ティルは涙をこぼしたまま呆気に取られたような様子。驚きたいのはこっちのほうなのに、なぜティルが驚くのだろうか。
「ま~死んじゃったもんはしょうがないよね! それにしてもさ~、あの世ってこんな現代的なところだったんだね~。ご丁寧に病室まであったりしてさ!」
同意を求めて話を振るも、ティルはますます疑問を深めるような表情を浮かべるばかり。それどころかモモまで、こいつは何を言っているんだと訴えかけてくるような目でこちらを見る。
「あの……リアちゃん? なにか盛大に勘違いしてるみたいだけど……」
さっきまでとは打って変わって、とても心配そうな表情でこちらを見るティル。
「いいからすわれよ……バカ姉」
とても聞き捨てならない言葉を吐きながら、モモはわたしの手を取って引っ張ると、半ば無理やり元いたベッドの上へ連れてくる。仕方がないのでそのまま腰掛けるように座ると、ティルが椅子を二つ持ってきて対面に置いた。ティルはそのまま腰を下ろすが、モモは少し離れたところでそっぽを向いて立っている。




