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スマイリーデリバー!  作者: くっしー
静かで静かな龍の声
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4-1 静かで静かな龍の声


 「ったく! これ明日絶対筋肉痛だわ!」


 「安心したまえ。明日は私の腹の中だよ」


 ルクリアは肩で息をしながら、精一杯の力でクリスの放つ凶弾を避ける。軽口を叩きながらも、その狙いは無慈悲で正確だ。

 片手に抱えたモモが少しずつ重くなってくるのをルクリアは感じる。いや、正確にはモモが重くなっているのではなく、ルクリアの身体強化が切れかかっているのだ。


 「もうおしまいかな?」


 余裕綽々の笑みを浮かべ、こちらに銃口を向けるクリス。

 心は折れてなどいなかったが、身体は意に反して思うように言うことを聞かない。モモを抱えている手前、あまり無茶な動きもできずに防戦一方だ。

 ルクリアは今にも倒れそうになるのを堪えて思考する。傷を負い、熱を持った背中がそれを邪魔するのが煩わしい。


 「これでも……喰らっとけ!」


 苦し紛れに展開するのは魔法の盾。普段は綺麗な桃色の円陣だが、ここで出せたのは所々が欠け、色も灰色混じりの失敗作。でも、これでいい。ほんの一瞬でももって、時間を稼いでさえくれれば……。


 「ふむ……。まだ魔法を使う余力があるとは。しかし、それは些か脆すぎる」


 言葉とともにクリスが引き金を引くと、けたたましい音と共にルクリア目がけて銃弾が放たれる。それは風切り音を伴って凄まじい速度で宙を飛び、魔法の盾をいともたやすく砕いてルクリアの身体を食いちぎらんと肉薄する。

 ルクリアもそれをただ黙って見ていたわけではない。銃声と共に廊下の反対側の壁を目がけて思い切り駆ける。壁に到達したら、三角飛びの要領で壁を蹴り、もう一度反対側の壁へ。

 そんな動作をすれば当然、かなり無茶な力がかかり、ルクリアの足首が、全身が悲鳴を上げる。けれどここで立ち止まるわけにはいかない。そうしているうちにも追撃の銃弾が二発、ルクリアの眼前すれすれと肩を掠める。

 ほんの一瞬でも痛みに負けて動きを緩めていたら、あれが自分の身体を刺し貫いていたかと思うとゾッとする。こめかみから垂れる血が鬱陶しいけれど、今はそれを拭っている余裕もない。階段はもう目の前だ。

 行けると思った。しかし、その思いに反するように、視界がぐらりと傾く。モモを抱く手は震えが止まらず、抱いているモモの身体が高熱を発しているように感じる。その時、ルクリアは初めて気づいた。真っ赤に染まった自分の腹部と、まるで幽霊のように白い手。

 必死になりすぎて、気づいていなかっただけだったんだ。身体に何発も受けていた銃弾。薄れて行く意識の中でも、モモを絶対に手放さないと固く抱きしめる。ゴトン、と何かが床に転げ落ちる音。最早痛みすら感じないけれど、これはきっとわたしが倒れた音だ。

 虚ろな視界に映るのは、斜めになった床と、その床に斜めに立つ二本の足。上品な佇まいの足元に散らばるのは、つい数分前まで自分と苦楽を共にした自慢の髪。鮮やかな薄桃色を月明かりに晒されて、まるで涙のように瞬いている。


 「そっか……。わたしは結局、守れなかったんだ……」


 大切な人も、自分の命も、自分の身体の一部さえも……。なにひとつ守れずに、誰にも看取られずに、死んじゃうんだ。……でも、退屈な人生だったけど、モモにもなにも楽しいことしてあげられなかったけど、最期にモモがひとりぼっちじゃなくてよかった。本当に、良かった。


 「あは……。きっとティルが知ったら怒るんだろうなぁ…………」


 「ほんとう、怒るで済んだらいいわよ」


 ぽつりと漏らしたひとり言。答えなんて返ってくるわけ無いはずなのに、耳の奥で反響したのは凛としたティルの声。


 「ごめん……。さよなら……ティル」


 たとえ幻聴でも、最期にティルの声を聞けて嬉しかった。モモを守れなかったことだけが心残り。頼りがいのないお姉ちゃんでごめんね……モモ。

 ただひとつの悔恨を残して、ルクリアの意識は深い闇の中へと落ちていく。不思議とその表情は柔らかく、まるでそのまま眠りについたかのようだ。



 「はぁ。なんとか間に合った。……クリスさん、なにか言いたいことはありますか?」


 ルクリアの息がまだあることをしっかりと確認してから、ティルは治癒魔法を兼ねたあか色の防壁でルクリアとモモを覆った。防壁はまるで心臓の鼓動のように、長い間隔で明滅を繰り返す。


 「月並みだが訊かせてもらおうかな。なぜ君がここに?」


 「大方、見当は付いているでしょう? リアちゃんに人喰いの魔獣が出たから夜は家にいろってイアンに言わせたの、あなたですよね。偶然それをリアちゃんから聞いて、何かがおかしいと思って彼を問いただしたんです」


 「ふむ、それで?」


 「彼は全て話してくれましたよ。あなたの今までの所業と、自分が食べられずに生き残るためには、どんなことを言われても従うほか無いと。その後はひどく怯えていたから、彼を信じて家に返しましたけど、どうやら裏目に出たみたいですね。……食人鬼、それがあなたの本性というわけですか、クリス・ヒューロン!」


 ティルは語気を強めて、クリスに敵意を向ける。対するクリスは、やれやれと肩をすくめて獰猛な笑みを浮かべた。


 「この混血種ハーフは君と面識があるようだったから、試しにイアンを差し向けてみたんだが……。失敗だったかな」


 「彼はどこですか」


 ひりつく空気の中、イアンの所在を訊ねるティルに、クリスはより一層獰猛さを増した表情で答える。


 「死んだ……いや、殺したよ。混血種ハーフの子供を連れてきたときにはもう手負いだったから、どの道死んでいたことに変わりはないがね。……ところで、他のお仲間さんは留守番かな?」


 「ええ、イアンにはあなたと縁を切ってずっと部隊にいてほしかったから、まだ他の誰にも話してないわ。……もうそれも叶わないけれど」


 無念から、ティルは握りこぶしに思い切り力を込める。

 例えイアンがスパイであったとしても、同じ部隊で過ごし、同じ釜の飯を食べた仲間だ。その仲間が、こんな無碍に扱われるのをティルが許せるはずがない。


 「投降しなさい、クリス・ヒューロン。従わないのであれば、命の保証はできません」


 「それは私の台詞だよ、ティルシー・ベリフィーネ。君なら気づいているはずだ。この空間は――」


 「マナが存在しない。……いえ、存在を許さない結界が張られている」


 クリスの言葉を遮って、ティルは答えを言いながら背中に吊るしていた包帯に巻かれている大槍身を降ろす。


 「その通り! 魔力の供給源がなければ、いずれ魔法は使えなくなる。その成れの果てが”これ”だ」


 哀れな獲物を見るような目で、防護壁越しのルクリアに視線を移して鼻で笑うクリス。その目線を遮るようにティルは手を伸ばし、クリスを睨みつけた。


 「……それは魔力が尽きてからの話。その前にあなたは拘束されるわ」


 大身槍を包んでいた包帯を外しながら、ティルは最後通告を突きつける。縛りを解かれた大身槍は、槍とも剣とも名状しがたい形状を月明かりの下でギラつかせ、かつてルクリア達に見せた優雅で神秘的な姿とは真逆と言っていいほどの、凶悪で攻撃的な色を浮かべていた。

 対するクリスは一切動じる様子もなく、銃口の照準をティルに合わせながらティルの出方をうかがっている。


 「ステイト――」


 先に動いたのはティルだった。拘束魔法の詠唱、これで縛り上げれば一瞬で片がつく。しかし相手は狩りを、戦いを楽しみとする食人鬼だ。そうやすやすと拘束されてなどくれない。

 魔法として完成するより前に、ティル目がけて三発の発砲。ティルが動じること無く魔法の盾を展開すると、銃弾はあっけなく弾かれて壁に無数の弾痕を残す。


 「散弾銃ってやつね。こんなものをリアちゃんに向けて撃ったなんて……」


 「ほう! 博識だね、驚いたよ。旧文明の遺産などと言われているが、こいつはいいものだよ」


 愉快そうに両手を広げて散弾銃を自慢するクリスには構わず、朱色のサインカラーで廊下一面を染め上げながら、ティルはお返しと言わんばかりの光弾をクリスに撃ち込む。しかしクリスは年齢からは想像できないような動きでそれを避け、再び散弾銃による反撃を試みる。

 対してティルは、ため息とともに大身槍を床に突き立てて、魔法の盾を展開する。ルクリアを追い詰めた銃弾は、ただの一発もティルに届くことなく虚しく弾き返された。


 「何度やっても同じよ。もう諦めて」


 後ろのルクリア達の様子を気にしながら、ティルは再び投降を呼びかける。それに対してクリスは不敵な笑みを浮かべると、ポケットから手のひら大ほどの物を取り出して、それをティルに投げつけた。

 投擲された物体は、放物線を描いてティル目がけて飛んでいく。それの正体がなにかわからない以上、万全を期するべきだろうと考えたティルは、球状の盾を三重に張り巡らせ、後ろにいるルクリア達に被害が及ばないようにと気を払う。

 予想に反し、盾に当たった物体はそのまま床に落下した。その後も何も起きず、ただのこけおどしかとクリスを睨みつけた刹那、強烈な爆音と共に凄まじい衝撃が盾を揺らす。あまりの威力に部屋への扉は吹き飛び、近くの窓は全て割れ、そしてティルの張った盾も一枚が壊され、もう一枚にも亀裂が走り、間もなく朱色の光を残して粉々に消えた。


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