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スマイリーデリバー!  作者: くっしー
秘密で秘密な大事件
30/36

3-7


 「でもっ……!」


 「大丈夫。さあ、行きなさい」


 ルクリアの言葉を遮るように、クリスは自分の口の前で人差し指を立てて、もう一度軽く微笑む。

 きっとこれ以上何を言っても、彼は引かないのだろう。それなら今は厚意に甘えて、一刻も早くモモに会いに行きたい。モモの無事を確認してから助太刀するなら、自分自身、今より冷静に戦えるはずだ。

 ルクリアは小さく頷き、クリスを残して三階へと続く階段を上る。洋館に入った時と比べると、身体は随分と重い。吐く息も荒く、肩で呼吸をしながらも一段、また一段と重い足取りを進める。

 階段を上りきると、二階と同じような景色の廊下が目の前に広がる。二階と違うのは、窓が植木に遮られていない分月明かりで視界が明るいのと、部屋へと通じる扉がふたつしかない、ということだ。クリスの言っていた通りなら、この廊下を進めばモモはいるはずだ。

 辺りは不気味なほどに静かだ。しんと静まり返った真夜中、屋内とは言え暖を取っていない廊下はまだうすら寒く、あまり具合の優れない身体が悲鳴を上げる。


 「こっちで合ってる……のかな」


 廊下の突き当りまで一通り歩いてみたルクリアだったが、モモの姿はどこにも見当たらない。

 もしかすると、もう意識を取り戻してどこかに隠れているのではないか。ならば、目につきやすい廊下ではなく、部屋の中にいる可能性が高い。

 幸いこのフロアの扉はふたつだけ。両方調べても時間はかからないはずだ。

 他人の家の部屋の中を勝手に覗くのは気が引けるけれど、それよりも一刻も早くモモを見つけたいという気持ちが勝る。扉は階段前と、廊下の突き当たりにひとつづつ。まずは手近な突き当たりの扉からだ。

 慎ましい装飾のされた扉の取っ手を押すと、案外すんなりと扉は開いた。同時に溢れるツンと鼻を突く匂いに、ルクリアは思わず顔をしかめる。


 「なにこの匂い……。鉄が錆びたような……ううん、それよりも――」


 部屋の中へ入ると真っ先に目に入るのは、部屋中のあちこちにバリケードのように立てられている鉄板だ。所々に赤黒い塗装が施されていて、使用用途こそわからないながら、ルクリアは背筋に冷たいものを感じる。

 部屋自体は大ホール、とでも言うのだろうか。廊下と同じ程度の長さが続いていて、反対側まで歩けば階段側の扉に通じているように見て取れる間取りだ。壁に窓らしきものは一切なく、代わりに幾つかの天窓があり、そこから煌々と月の明かりが差し込んでいる。


 「モモ、いるの? わたしだよ。いたら返事して」


 小さな声で呼びかけてみるが反応はない。ここにはいないのか、あるいは聞こえていないだけか。


 「帰ろうモモ。もう大丈夫だから、ね?」


 姿の見えないモモに声をかけつつ、部屋の中をざっと見ながら階段側へ向かって歩く。壁の様子はあまりわからないけれど、床はあまり綺麗とは言えない状態だ。所々えぐれていたり、黒ずんでいたりしている。

 どうにもこの部屋は、いや、この洋館自体がお世辞にもあまり好きになれない。早くモモを見つけて、ひとまず視界の開けたところへ一度出たいところだ。

 一通り部屋を見て回り、ちょうど階段側の扉が見えてきた時だった。天窓の下に佇むひとつの影にルクリアは気づいた。自分と同じ程度の大きさの十字架にも見える影。時折月明かりに混じって、銀色の細いなにかがキラキラと光を反射させている。


 「嘘……! これどういうこと! どうしてこんなことを……」


 それをはっきりと視認できる距離まで近づいたルクリアは、悲痛な叫びを上げる。

 あまりにもひどすぎる仕打ちだった。十字に組まれ、倒れないようにしっかりと床に固定された鉄の棒。そしてそこに両手を縛り付けられ、ボロ布を噛まされた状態で吊るされているモモ。


 「モモ! モモ返事して!! ……お願い……」


 バクバクと早鐘を打つ心臓を必死に抑えつけ、モモに駆け寄ってなりふり構わず叫びにも似た声で呼びかける。返事こそ無かったが、口に噛まされていた布を外すと、しっかり呼吸している様子が確認できた。暗い中で見た感じでは、怪我をしているような傷や流血もない。

 しかし安心するのはまだ早い。まずはモモを磔の状態から降ろさなくては。

 思い切りモモの両手を縛るロープを引っ張ってみるが、かなり頑丈に縛られているようで、無理に引きちぎればモモの身体に傷をつけてしまうことは必至だろう。それならば、と十字に固定された鉄の棒を破壊することを試みるが、強化状態の身体とはいえ、鉄製のものを壊すのは一筋縄ではいかない。疲れと風邪のせいか思ったように力も出ずに、このままでは八方塞がりだ。


 「どうすればいいの……。誰か助けてよ……。ティル…………」


 弱音と共に、不意に脳裏に浮かぶティルの姿。こんな時、ティルならどうするんだろう。ナイフもない、力も足りないこんな状況で……。


 「――っそうだ……! ティルが前にやってた――」


 魔法の固着化。少しずつ魔力を流し続けて、作り上げた魔法の形状を維持する……。

 わたしは未熟だ。全然自分の思い通りに魔法をコントロールできないし、使える魔法も多くない。身体が丈夫なわけでも無いし、これといって得意なことがあるわけでもない。――それでも、想いが力になるのなら、大切な人を救えるのなら、ほんの一瞬でいい。信じるから……お願い!

 ルクリアは心の中で願いを重ねて、それを具現するべく魔法を使う。とてもナイフとは言えないような、人差し指程度の細長くて頼りない魔法の光。けれどルクリアの想いが詰まったその魔法は、しっかりとルクリアの期待に応えるように、頑丈なロープを少しずつ切っていく。


 「おかえり、モモ。……でも知ってた? 遠足は家に帰るまでが遠足なんだよ……ぐすっ」


 モモの手首を縛り上げていたロープを全て切断すると、支えを失ったモモの身体はそのままルクリアの方へと倒れ込む。ルクリアは涙ぐみながらモモを抱きとめて、両手で大事にしっかりと抱え込んだ。


 「まだ魔法が使えるとは、正直驚いたよ。いや、お見事」


 不意に背後の扉が開かれ、響く声。ルクリアがゆっくりと振り返ると、そこにいたのはクリスだった。口元は笑ってはいたが、鋭い目つきでじっとルクリアとモモを見ながら、白々しい拍手を送ってくる。


 「……どういうこと。これ、あんたの仕業なの」


 「あぁ、そうだよ。……そんなに怖い顔をしないでほしい。せっかくの可愛い顔が台無しだ」


 「うるさい! 全部嘘だったってわけ……。何が目的なの!」


 怒りの感情を露わにして食ってかかるルクリア。クリスは動じること無く、あくまで紳士的な態度を崩さずに答える。


 「簡単なことだよ。私は今までいろいろな子供を食したが、混血種ハーフの子供はまだ食べたことがないんだ。だから、なるべく穏便にその子を連れ去ろうと思ったのだけどね……。まさかお嬢ちゃんがここまで追って来るだなんて予想外だったよ」


 クリスの言っていることが全く理解できずに呆然とするルクリア。そんなことはお構いなしにクリスは続ける。


 「けれど、君にも興味が湧いたよ。薄桃色の髪も珍しい。君は……どんな味がするのかな?」


 言うが早いか、クリスは背負っていた銃の銃口をルクリアに向ける。ルクリアは舌打ちをしながら、モモを抱えたまま出来る限りの力で床を蹴り、バリケードのように立てられた鉄板の裏側へと潜り込む。

 直後、甲高い破裂音と共に鉄板に何かが打ち付けられる。それは焦げ臭い匂いを辺りに漂わせながら鉄板の形を歪ませた。

 冗談じゃない。あんなものを身体に一発でも喰らったら、間違いなく動けなくなる。そうしたらお終いだ。


 「さあ狩りの始まりだ! その綺麗な身体にたっぷりと恐怖を味付けしておくれ」


 心底愉快そうに喋りながら、一歩ずつルクリアのいるバリケードへ近づいてくるクリス。

 何が狩りだ。絶対に思い通りになんてさせてやるものか。

 腸が煮えくり返るような怒りを覚えながらも、ルクリアはどうやってこの状況を打開するかを思案する。すぐ目の前にある、階段側の扉から出れば格好の的。無惨に撃たれて七面鳥になるのはまっぴらごめんだ。

 しかし、この不調の身体で戦うのもあまり良い策とは言えないだろう。身体強化の強度も間違いなく落ちてきている。いつまで持つかわからない状態で、モモを抱えたまま戦うのは無理がある。

 となれば、残る手は一つだ。あいつを拘束魔法で足止めしつつ、反対側の扉から出て一気に廊下を駆け抜けるしかない。

 ルクリアは耳を澄ませて、クリスの足音を聞き逃さないようにしながら機を伺う。それと同時に拘束魔法を撃つための魔力を身体の中で練り上げるが、そのために必要なマナを、なかなか思うように大気中から供給することができない。


 「くそっ!」


 すぐ近くで響く食人鬼の足音。このままでは拘束魔法は間に合わない。それならいっそ――


 「吹き飛ばせええぇぇぇ!」


 半ばやけくそ気味に、不安定なままの魔力を放出して、廊下へと繋がる壁に叩きつける。狙い通り、制御を失い拡散した魔力は、轟音と爆風を伴って壁面に大きな穴を開けた。

 小さい頃、上手く魔法が使えずによくやっていた失敗がこんな形で役に立つだなんて、思ってもみなかった。失敗は成功のもと、とはよく言ったものだ。

 壁が壊れた衝撃で、部屋中に埃と瓦礫の粉塵が舞う。煙幕のように視界を遮ってくれるそれをルクリアは上手く利用して、全速力で穴から外へ。目にゴミが入って痛むのもお構いなしに、廊下に出たら方向転換。モモを抱いた片手を離して、その手で床の絨毯を掴み、倒れないように姿勢を整える。

 先ほどの轟音で耳をやられたか、クリスの立てる足音はルクリアには聞こえない。聞こえるのは心臓の鼓動と、自分の息遣いだけだ。しかし、穴から見える部屋の中はまだ煙が立ち込めていて、全く中の様子はうかがい知れない。これならば、部屋の中からも同様にルクリアの姿を正確に把握するのは難しいだろう。


 「はぁ……はぁ……。後はここを降りれば……っ!」


 目の前の階段を睨み、床に爪を立て勢い良く走り出す、と同時に響く凶音。壁の穴から伸ばされた銃口から放たれたそれは、ルクリアの長髪を裂きながら背中を掠り、奥の窓を彩るステンドグラスを木っ端微塵に粉砕する。


 「痛ッ!」


 背中が熱い。ジンジンする。でもこんなもの、モモが感じた恐怖に比べたら、なんてこと無い。

 倒れそうになる身体を必死の思いで支えながら、腕の中で静かに気を失っているモモを見る。眉根にシワを寄せて苦しそうにしているモモ。モモはこんな顔よりも笑顔がいちばん似合う……だから!


 「絶ッッッ対にお前なんかに負けない!!」


 静かな夜中に響き渡るルクリアの咆哮。それに被せるように、また一発、銃声が響いた。


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