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スマイリーデリバー!  作者: くっしー
秘密で秘密な大事件
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3-1 秘密で秘密な大事件


 三月を迎えたメリカの街は、春支度のためにどこも以前よりも活気づいていた。

 暖かくなってきたせいか、街を行き交う人々も少し薄着をしておしゃれをしたり、道端でおしゃべりをしたり。

 商店街の通りは、相も変わらず人通りが多く賑やかだ。そんな中、ただひとつだけ以前と変わったことがある。それは――


 「うぃーす。おつかれさん!」


 ちょうど昼下がり。一人の男性が、ルクリアの店の入口から顔を覗かせる。可愛らしいデザインの前掛けをして、それとはあまりに不釣り合いな筋骨隆々とした身体の持ち主。細身のタオルを捻って頭に巻いたその男は、近くの酒場の主人。よくルクリアに配達を頼みに来る常連だ。


 「おっちゃんお疲れ~! あれ、今日は荷物無し?」


 「おう。昼飯ついでにモモちゃんに会いに来ただけだぜ」


 そう、何が変わったかと言うと、ルクリアがモモと一緒に店に出るようになってから、特に用事がなくても店に来る人が増えた。いや、用事はあるのだろう。モモを可愛がりに来るという用事が。


 「なにさなにさ~モモばっかり。用事がないなら帰れ! しっしっ!」


 「まぁそう言うなって。ほら、これやるからよ」


 むくれて腕を組むルクリアに、酒場の主人は腰に差した傷だらけの水筒を差し出す。ルクリアはそれを一瞥すると、いらないとジェスチャーして突き返した。


 「どうせ飲みかけな上にお酒でしょ~。それ、モモにあげたりしないでよね」


 ルクリアがしっかりと釘を刺すと、酒場の主人はこれは敵わないといった表情を浮かべて降参のポーズを取ってみせる。


 「うぇ、まただれかきたのか……」


 奥のソファーに寝っ転がっていたモモが、ようやく来客に気づいたのか、あからさまに面倒くさそうな表情で首をもたげる。

 店に出ているとは言え、混血種ハーフであることが知れると厄介なことになりそうなので、毛糸の帽子はかぶったまま、尻尾も出かけるときと同じくズボンの上から履いたスカートで隠しているモモ。そんな年齢以上に幼く見える姿のせいか、店に出るようになって以来、常連達にやたら可愛がられている。


 「そうだよ~モモにお客さん。いいですね~モテモテで!」


 存分に嫉妬を含みながら頬を膨らませるルクリアを横目に、モモはソファーに顔をうずめるようにまた横になる。可愛がられること自体は嫌ではなさそうな様子だが、慣れないせいか疲れが出てしまっているのかもしれない。


 「モモちゃんはお疲れみたいだな。季節も変わり目だし、二人とも身体には気をつけろよな」


 酒場の主人も気を遣ったのか、モモを構うのは諦めて、肩を落としながら店を後にする。あまりに残念そうなその姿にルクリアは若干の罪悪感を覚えるが、どうせ明日にはまた何事もなかったように遊びに来るのだろう、と気を取り直した。


 「もうやだ……。つかれたかえりたい」


 顔を伏せたまま、もごもごとつぶやくモモ。ルクリアは心の中ではそれに激しく同意しながらも、まだ店を閉めるには早すぎる事実に大きなため息をつく。

 時折吹き付ける柔らかい春風に髪をなびかせながら、道行く人々を眺めていたルクリアの視界に、見覚えのある人物が入り込む。黒い軍の制服に身を包み、腕組みをしながら辺りを見回す人物に、暇を持て余していたルクリアは声を掛けてみる。


 「ん? なんだ、ルクリアちゃんのお店、ここだったのか。偶然だな」


 軍服の人物、チェスカーは、いきなり声をかけられて驚いたような様子だったが、店先に座るルクリアの姿を捉えると、すぐに笑顔を見せて歩み寄る。


 「おっ、モモちゃんもいるじゃねえか。どうだ、メリカには慣れたか?」


 「ん……。つかれた」


 店の奥で寝転ぶモモに声をかけるチェスカーだったが、顔だけ上げてやや頓珍漢な返事をするモモへ、どう言葉を返すべきか悩んでいるようだ。


 「おっさんこんなところでなにしてるの? 買い物なら案内しよっか?」


 「いや、見廻りだよ。たまには俺も外を歩き回らないと気が滅入っちまうし、久々にな」


 よほど外廻りが嬉しかったのか、チェスカーは口角を上げて言う。

 座る? とルクリアが店先にある椅子代わりの木箱を叩くと、それに応じてチェスカーはゆっくりと腰を下ろす。


 「そっか~。教官も大変なんだね~」


 「まあな。新人達が怪我しないように教えることだらけでよ。あいつらの成長を見守るのは楽しいけど、やっぱり疲れるぜ」


 二人の会話が気になったのか、それとも久しぶりに会ったチェスカーと話したかったのか、モモもソファーから起き上がってくる。大きなあくびと共に見える犬歯が可愛らしい。


 「おうモモちゃん、おねむか? 春眠暁を覚えずってな」


 そう言って笑うチェスカーを横目に、モモは特に返事はせずに眠そうに目を擦る。そしてしばらくその場に立ち尽くした後、チェスカーの方を向いてワンテンポ遅れた返事をした。


 「しゅん……みん?」


 「気にするな! 特に意味はないからよ。――そうだ、見廻りしてて思ったんだけど、この街、随分と路上児が減ったな」


 昼食どきも終わりに差し掛かり、少し静かになった商店街通りの談笑の声を背景に、チェスカーが思い出したように話を切り出す。路上児とは、有り体に言ってしまえば、親に捨てられてしまった帰る場所のないみなしごのことだ。


 「そうなの? うちの店はあんまり盗ってくものとかないから、そういうの今まで気にしたことなかったな~」


 「……あってもゴリラおんなのみせにどろぼうするやつなんていないだろ」


 モモが言うが早いか、ルクリアは凄まじい勢いで片手を伸ばしてモモの首根っこを掴もうとするが、いとも簡単に逃げられてしまう。空を切った手をわなわなと震わせながらも、一旦モモから視線を外して、チェスカーの話の続きを聞く。


 「……ほんと仲いいなお前ら……」


 呆れとも取れる苦笑いを浮かべながら続けるチェスカー。


 「まあなんだ。良いことなのは間違い無いんだけどな。悪さしたガキどもを追いかけ回すことがなくなるのは、それはそれで寂しいもんだよ」


 チェスカーはそう言って、過去に思いを馳せるようにどこか遠くを見つめる。ルクリアは気の利いた言葉を探すが、ちょうどいいものが見つからずにただ相槌を打つことしかできなかった。


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