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スマイリーデリバー!  作者: くっしー
優しい優しい子守唄
22/36

2-12


 「それじゃ、またくるね。今日はありがと!」


 「うんー。お見送りできなくてごめんねー。リアちゃんもモモちゃんも、気をつけて帰るんだよ」


 執務室の扉のノブに手をかけて、ルクリアはティルと挨拶を交わす。そのまま扉を開くと、ほんの少し冷えた空気が室内に流れ込んだ。

 ルクリア達が詰め所の玄関へと向かう廊下を進むと、ほどなくしてチェスカーとすれ違う。チェスカーはシャワーでも浴びたのか、綺麗に逆立てていた頭髪は水気を含んでしんなりとしていて、毛先からはまだ少し水滴が滴り落ちている。


 「おっさんまだ髪の毛濡れてるよ?」


 「おっさん言うな……。なんだ、二人とももう帰っちゃうのか」


 髪を触ってみて、手のひらが濡れたのを気にするように制服のズボンで拭きながら、チェスカーは廊下の端に身を寄せる。ルクリアはその気遣いに感謝しつつ、モモと共にお世辞にも広いとはいえない廊下を進む。


 「うん~、また遊びにくるね。急だったのにありがと!」


 「気にすんなって。うちの若い隊長さんも毎日のように二人に会いたがってるからよ。なんなら明日も来るか?」


 そう言い、冗談めかして笑うチェスカー。


 「またまた~。そんな事言ってると毎日来てここの食料食い尽くしちゃうんだから」


 ルクリアが冗談を冗談で返すと、チェスカーは一瞬目を丸くした後、豪快に大きく笑う。そして自分と目の合ったモモに、 「こんなふうになるなよ。きっとモテねえぞ」 と、ルクリアを指差して小さな声で言う。


 「わかった」


 モモはちらりとルクリアを見た後、チェスカーの言葉に同意を示すようにこくりと頷く。抗議する気満々だったルクリアだったが、モモが他人と話せるようになってきているのを見て、それに免じて許してやろう、と心のなかで独り言。


 「こんないい人そうそういないっつーの。それじゃ、ティルと他の人達にもよろしくね~!」


 「……ばいばい」


 ルクリアがひらひらと手を振って歩くのを追いながら、モモもチェスカーに別れを告げる。チェスカーはいかつい顔を綻ばせ、二人の後ろ姿が廊下の曲がり角で見えなくなるまで、見守るようにその場に立っていた。

 途中、何人かすれ違った隊員と挨拶を交わし玄関口を出ると、ひんやりと澄んだ心地の良い空気が、ルクリアとモモを包む。朝の空気とはまた違う冷たさのそれは、やけに寂しげな雰囲気を含んでいるようにルクリアは感じた。


 「さ、帰ろっか。今日は楽しかった?」


 「みんなやさしくしてくれた。たのしかった」


 帰り道、静かな平原の街道を歩く中で、斜め後ろをついてくるモモにルクリアは振り返り、訊ねる。モモは無表情ながらも力強く頷き、耳付きの毛糸帽子をぎゅっと握りしめて、深く被りながら答えた。

 夕方の街道は、昼間ほどではないが賑やかだ。大きなバッグを背負い、野営用の道具がはみ出るほど載せられた、魔力で動く二輪の乗り物に跨る旅人。子供と手をつなぎ、これから家に帰るのであろう家族。道端で硬い砂の上に座り込み楽器を奏でる人と、それを取り囲み聴き入る聴衆。あくびをしながら眠そうな目を擦る、軍の制服を着た人。

 すれ違う人、追い抜いていく人、珍しい髪色のルクリアに気を取られる人。様々な人達が行き交う街道で、モモはより一層強く帽子を握り、不安そうにもう片方の手でルクリアの服の袖を掴む。


 「うわぁ~モモの手ぷにぷに! 羨ましい!」


 ルクリアは唐突にモモの手を掴んで自分の方へ引き寄せると、両手の親指でモモの手のひらを押すように触って感動する。


 「いきなりなにするんだ! ころぶかとおもったぞ」


 一方、いきなり手を引っ張られたモモは、その勢いで前のめりになって危うく転倒しかけるが、ルクリアのジャケットを掴んでそれを支えになんとか持ちこたえた。そして猛虎の如く犬歯をむき出しにして、ルクリアを睨む。


 「そんな風にして歩いてるとどっちにしたって転ぶと思いま~す」


 そんなモモの視線を気にも止めず、ルクリアはおどけた調子でそう言うとモモの手をそのまま握って、ずれてモモの目にかかっていた帽子を戻し、何事もなかったかのようにまた歩みを進める。握られたモモの手は、握り返すことこそしないが振りほどこうともせずに、そのままモモもルクリアに手を引かれて歩く。

 平原を抜けて市街地に入る頃には、すっかり陽が落ちて藍色と橙色のグラデーションが空を彩る。火を灯された街灯は、まだ残る陽の光に押され気味であまり目立てていない。ルクリアには見慣れた風景だが、モモはこうしてじっくり見るのは初めてだったのだろう。あちこちを見回し、石材やレンガ造りの建造物が織りなす夕暮れの景色に感動するように吐息を漏らしていた。


 「そうだモモ、ちょうどいい機会だし、ちょっとわたしのお店寄っていい?」


 「うん」


 ルクリアの頼みをモモはあっさりと承諾する。モモがあまり不安そうにしていないのを確認してから、ルクリアはそのままモモの手を引き、商店街の一角にある自分の店を目指す。

 夕方の商店街は賑やかだ。夕飯の食材を買いに来る人や、そんな人達を狙って売れ残った商品を叩き売る商人達の明るい声が響いている。


 「このまちは……にんげんしかすんでないのか?」


 行き交う人々の波を見ながら、モモはルクリアの手を引き訊ねる。


 「ん~? 獣人族ビーストとか妖精族エルフとかも少ないけど住んでるよ。でも確かに数は少ないかも。一応 ”どんな種族も平等に扱われるべし” っていうのが統一国の決まりらしいけど、やっぱり同じ種族同士で固まって暮らしてたほうが色々便利なんだと思う。……わたしも獣人族ビーストがされたら嫌がることとか、そういうの知らなかったりするし、きっとそれがお互いにとって楽なんだと思う」


 「ふうん」

 

 ルクリアが説明すると、モモは納得した様子で再び街並みに目を向ける。そして程なくルクリアが自分の店の前で足を止めると、それに気づかなかったモモはそのままルクリアの背中に追突するのだった。


 「あらルクリアちゃん、その子どうしたの?」


 ちょうどそれと同時に、陽気で快活な女性の声が、ルクリアの店の隣から飛んでくる。


 「おばちゃん! おつかれ~。この子ね、わたしの妹。可愛いでしょ~」


 声の主は、隣のパン屋の女将。割烹着に身を包み、朗らかな笑みを浮かべる背の高いおばちゃんだ。


 「ルクリアちゃん妹なんていたの!? おばちゃん初耳だわぁ」


 「……オレもはつみみだよ」


 言葉の割にはあまり驚いた素振りを見せない女将と、目を細めてルクリアを見るモモ。ちょっと待っててね、言い残して女将は自分の店に入り、間もなくいい香りを漂わせる丸いパンを両手に持って姿を現す。


 「これちょうど焼き立てなの。甘くて美味しいから妹ちゃんと一緒に食べて」


 女将は有無を言わさずルクリアにパンを手渡し、モモの方を見て、お腹が減ったらいつでもおいで、と言いながらお礼を言われるのも待たず、忙しそうに店の中へと戻っていった。


 「おばちゃんありがと~!」


 「なんかだましたみたいでわるいぞ……」


 「あ~大丈夫だよ。おばちゃんも冗談だってわかってる反応だから……たぶん」


 ルクリアの言葉に無言の視線を返すモモ。ルクリアは誤魔化すように苦笑しながら、モモを連れて自分の店の裏手のドアの鍵を開け、中へと入る。

 お世辞にも綺麗とも広いとも言えない店内を見て、言葉こそ発さないがあまりいい表情はしていないモモ。ルクリアは特にそれを意に介することもなく、普段通りランプに明かりを灯す。

 淡いオレンジ色のランプの明かりが店内に満ちると、そこは落ち着いた夕暮れの部屋の一室を思い出す雰囲気だ。小さなソファーとテーブル代わりの木箱。そしてレンガの壁に掛けられたコルクの板には、ルクリアの手書きで書かれたメモや領収書が貼り付けられている。

 明かりを灯してようやく全貌が見える、雑多ながらも小さくまとめ上げられた店内は、モモが最初に抱いた印象を変えるには十分だった。眉間に寄せられていたシワはなくなり、空色の瞳をキラキラと輝かせて、あちこちに視線を移していた。


 「ようこそ、わたしのお店 ”スマイリーデリバー” へ! ちょっと狭いけど、良いところでしょ」


 ルクリアが両手を広げてそう言うと、モモはルクリアの方へ振り返り同意するように首を縦に振る。


 「ここ、なにをするおみせなんだ?」


 「よくぞ訊いてくれました……! 配達屋さんだよ。街の配達屋さん! 手紙とか小物とかを届けるの。遠くまでは行かないし、そんなにいっぱい仕事があるわけでもないけどね~。暇な時は、隣のパン屋のお手伝いしたりしてるんだ。……あとそこのソファーで寝てたり」


 最後の一言はとても小声になりながらも、ルクリアはモモに大雑把な説明をする。


 「とっ、とりあえず! モモもずっと家にいても退屈だろうし、ここ座って寝てていいから一緒にお店やろ! ね!」


 少しずつでも他人と触れ合うことに慣れてほしい、というルクリアの想いが通じたのか、それともただの興味本位かはわからないが、モモは短く、うん、と答えた。それを聞いてルクリアはほっと胸を撫で下ろし、そういえば、と女将から貰ったままのパンを一つモモに手渡す。

 まるっとした柔らかな生地と、その上にまぶされたキメの細かい砂糖が食欲をそそる香りを立てるパン。それを美味しそうに食べるモモを見て、ルクリアは小さく微笑むと自分もパンを口に運んだ。


 

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