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スマイリーデリバー!  作者: くっしー
優しい優しい子守唄
21/36

2-11


 「えっなに~? お姉ちゃんには聞こえませんでした~もう一回言って~」


 あからさまに不貞腐れた態度のルクリアは、おとぎ話の本を抱きかかえたまま身体を左右に揺らしてそんなことを言う。


 「じゃあじぶんでよむから、かして」


 「や~だ~! 興味ないんでしょ~いいもんいいもん。……でも~、モモがどうしてもって言うなら読んであげてもいいよ~?」


 「ぐっ……あーきになる。ききたいですおねがいしまするくりあさん」


 段々面倒くさくなってきたのか、恐ろしいほどの棒読みでモモはルクリアに読み聞かせをせがむ。同じくルクリアも、こんなことを続けていても仕方がないと思い、それでも少し嬉しそうにして本を開く。

 その様子を眺めていたティルは、これではどちらが大人かわからないとでも言いたげな苦笑交じりの表情を上手く隠せずに、執務室の中で大騒ぎされずに済んだことを安堵しているような様子だった。


 「わぁ~なっつかしいな~。“星龍せいりゅう旅日記”って言う物語だよ。それでは、はじまりはじまり~」


 

 ――はるか遠い昔の話。人々が魔法を使えなかった頃のことです。

 人々はいつも空を見上げ、手の届かない星たちに想いを馳せていました。そして、空高くから人々を見守ってきた星たちは、そんな人々をいつも優しく見守っていました。

 ある日、一つの星が言いました。

 

 「自分もあの世界に降りて、みんなと一緒に遊びたい」


 けれど、星のままの姿では自由に動くことはできません。星は来る日も来る日も願いました。そして願い続けた星は、やがて立派な龍になりました。

 やっとみんなに会いにいける、と、龍は大喜びで人々のもとへ降り立ちます。しかし、星の龍は人々の住む世界には大きすぎました。

 

 「私達の住む場所を返して!」

 

 「俺達の住む星を壊さないで!」

 

人々は星の龍が壊した世界を元に戻して、と龍に頼みます。星の龍は、大好きな人々が悲しんでいるのを見ると、

 

 「ごめんなさい、ごめんなさい」


 と青い大きな涙を流しました。その大きすぎる涙に人々が溺れているのを見ると、星の龍は自分の大きな背中に人々を乗せて、そのまま地面に横たわって泣き続けました。

 流し続けた青い大きな涙が一面の海に変わる頃、星の龍は泣き疲れて、そのまま長い眠りについてしまいました。そして、涙と一緒に星の龍から溢れ出た気持ちはマナとなって、今も自分の背中で暮らす人々と一緒に生きているのです。


 おしまい――



 「いやぁ~わたしこれほんと好きだったなぁ……。お星様の想いがわたし達の今の力……なんて、ものすごくロマンチックじゃない?」


 すらすらと完璧に朗読を終えたルクリアは、そっと本を閉じて余韻に浸る。モモはその内容よりも、ルクリアがただの一回もつっかえること無く読み上げたことに驚いているような様子で、ティルはそんなモモの気持ちに同意するかのごとく一人で小さく頷く。


 「じゃあ……いまオレたちが立ってるばしょはりゅうのせなかだったのか……?」


 ハッとした表情でモモがルクリアに問いかける。


 「ふっふっふ……。良いところに気が付きましたねモモさん」


 「うわぁ……リアちゃんがすごく悪い笑顔をしてる」


 「そう! 実はわたし達は龍の背中で暮らしていたのです! ……なーんて。今のはただのおとぎ話。信じちゃうなんてモモもまだまだ子供なんだか――」


 調子に乗ったルクリアが冗談だと言い終わる前に、顔を真っ赤にしてわなわなと震えるモモの右手が、ルクリアの顔面目がけて飛ぶ。


 「だましたな! おまえもりゅうといっしょに寝てればいいんだ!」


 「あぶなっ! 乙女の顔面になんてことするの!? ゆるすまじ!」


 モモの右手を間一髪で躱したルクリアは、自分に牙を剥くモモに対抗しようと立ち上がり、ソファーに片足を乗せる。と同時に、パンと手を鳴らす音が部屋に響き渡った。

 二人が音のした方向を見ると、そこには笑顔を引きつらせたティル。


 「書類とかあるからその……ね?」


 優しい口調ではあるが、妙な凄みに気圧されたルクリアとモモは、お互いに目を合わせた後威嚇をし合いながらも大人しく席についた。


 「でも、なんだかかなしいはなしだ。りゅうがかわいそう」


 テーブルの上に置かれたおとぎ話の本の表紙に目を落としたモモは、誰にともなく一人つぶやく。


 「そうだね。わたしの父さんはいつも、 『このお話の続きは、お前が作ってハッピーエンドにするんだよ』 って読み聞かせてくれた後言ってたっけ」


 ルクリアのその言葉に、モモはふうんと相槌を打った後、小さく 「ハッピーエンドをつくる……」 と誰にも聞き取れないような声で言った。


 「だからモモも幸せになろうね~よしよし」


 「……あんたはいつもしあわせそうでいいな……」


 ルクリアがモモの頭をめちゃくちゃに撫でるのを、モモは最早振り払う気力も無いのか、耳をうなだれたように寝かせて大きなため息をつく。

 それに応えるように、訓練場の方から聞こえてくる大歓声。少しずつ傾き始めた午後の陽の光にも負けないような明るい笑いに、部屋の三人も思わずつられて笑みがこぼれてしまう。


 「ぐんたいってもっとこわいところだとおもってた」


 外の様子を見ようと、そう言って一人、席を立ち窓を覗き込むモモ。しかし、そこからチェスカーをはじめとした訓練中の隊員達の姿は見えなかったようで、残念そうに踵を返す。


 「うちの支部は確かにゆるいかもねー。他の地区の部隊長達も遊びに来るたび驚いてる。でも、ちゃんとやるときはやるんだから。……まぁ、そうじゃないと意味が無いし……。そもそも戦闘なんてどの部隊もほとんどないけど……」


 ティルはえっへんと胸を張り自慢げにするが、すぐに肩を落としてあまり出番が無いことを嘆く。


 「平和なのは良いことじゃん! ――そういえば、ティルってなんで軍隊に入った上に隊長になっちゃったの?」


 「たしかに、きになる」


 ちょうどいい機会だとばかりに、ルクリアは前々から思っていた疑問をティルに投げかける。モモも、聞きたいと言わんばかりに目を輝かせてティルを注視する。

 それに対してティルは、何度かまばたきを繰り返し、ほんの僅かな間逡巡するような様子を見せたが、やがて照れくさそうに頬をかきながら言う。


 「――助けられたんだ。私がモモちゃんより小さかった頃に、ね。だから、私もそんな風に誰かを救えたらって思って」


 「へぇ~! ティルが誰かに助けられてる姿とか想像できないや。ねえねえ、どんな風に助けられたの?」


 ルクリアは興味津々で、飲みかけた紅茶のカップを危うく倒しそうになる程の勢いでティルに問いかける。ティルは小さく微笑み、自らの口の前に人差し指を立てて、ひみつ、と言うだけだった。


 「ちぇー、ティルのけち~」


 「秘密多き乙女の方が魅力的でしょー。それに、私は今でも色んな人に助けてもらってばっかりなんだから。もちろん、リアちゃん達にもね」


 「いい感じのこと言ってごまかしたな~! そもそもわたし達ティルに何かしてあげたことあったっけ?」


 全く心当たりのないルクリアは、同じように首を傾げるモモを見てみるが、より一層疑問は深まるばかりだ。


 「こうやってみんなとお話するだけの時間も、私にはとっても嬉しい時間なんだー。結構ストレス溜まるんだよー書類とにらめっこするの」


 若干寂しげな目で、書籍と書類でごちゃごちゃになった机を一瞥するティルの姿を見て、ルクリアは納得して苦笑する。なにか気の利いた言葉はないものか、と思案していると、訓練を終えたのか隊員たちが廊下を歩く足音が聞こえてくる。ふと窓を見れば、澄み渡るような青色を湛えていた空は、今やすっかり橙色にその表情を変えつつあった。


 「またいつでも遊びにくるよ。モモも楽しそうだったし、わたしもティルに勝たなきゃだしね!」


 腕まくりをしてルクリアは意気込んで見せる。ティルは相槌を打ちながら微笑ましそうにしていたが、すぐに表情を曇らせて小さなため息を漏らす。


 「そろそろ議会に顔出さなきゃー。あの堅物じじい達の前に立つって考えるだけで気が重いなぁ」


 「議会? あの王宮の隣の豪華な建物でやってるってやつ? なんでまたティルが?」


 「定期報告とか、いろいろあるの。ほら、一応私達のボスは国王なわけだしね。街や周囲の治安状況とか、議会からの頼まれごととか……」


 「前にティルが言ってた議員の捜索とか?」

 

 ルクリアの質問を、ティルは首を縦に振り肯定する。そしてより一層肩を落とし、黄昏れた視線を窓の外に向けた。


 「結局あれだけ探して手がかりさえ掴めませんでしたー……なんて。もうそんなのは実質の逃亡か暗殺じゃない? それでまたじじい共が騒ぐと思うと、それだけで頭が痛くなってくるなーなんて」


 何が何やらな表情をしているモモの頭を撫でながら、ティルはまた数回大きなため息をつく。ティルの話があまり嬉しい内容ではない、というのはモモにも伝わっているようで、モモなりの気遣いなのか、頭を触られても珍しく嫌がったり抵抗したりする様子はない。

 

 「そっか~。それじゃあそろそろわたし達も帰ろっかな。暗くなってくるとまだ冷えるし」


 そう言ってルクリアが席を立つと、モモも名残惜しそうにしながらそれを追う。


 「またいつでもおいで。――リアちゃん、モモちゃん、あんまり頑張り過ぎちゃダメだよ。困ったことがあったらいつでも言ってね」


 「ティルこそ! お互い様でしょ!」


 寂しそうな様子のティルを元気づけようと、ルクリアはティルの両頬を指先でつまんでみる。ティルは力の抜けた声を出すだけでされるがままだ。


 「もうすこしまともなすきんしっぷはできないのか……」


 この一週間の記憶がフラッシュバックしたのか、モモはルクリアから若干距離を置いて呟いた。


 

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