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スマイリーデリバー!  作者: くっしー
優しい優しい子守唄
20/36

2-10


 ルクリアとモモ、そしてティルの三人は、再び詰め所に戻る。詰め所の中の廊下は窓が少ないため暗く、晴天の下から移動したルクリアとモモは、目を慣らすのに苦労しているようだ。ティルはと言うと、日々をここで過ごすうちに慣れてしまったのか、特に壁伝いに歩くようなこともなく、自らの執務室を目指して足を進める。


 「曇りの日だと外も中もあんまり変わらないんだけどねー……。大丈夫、すぐに慣れると思うから」


 まばたきを繰り返したり目を擦る二人を気遣って、ティルは振り返り際に申し訳無さそうな苦笑を浮かべる。


 「別に平気だよ~気にしないで」


 そんな会話をしているうちにも、徐々に目が慣れてきたのか、普段通り歩くことができるようになっていたルクリアとモモ。所々にある飾り気のない木枠の窓に映る、水彩画を見ているかのような混じりけのない水色が、改めて今日という日の天気の良さを思い知らせていた。

 狭い廊下を幾ばくか歩くと、ギィ、という金属の擦れる音。執務室の扉が開いた音だ。取っ手に右手を添えたままのティルは不意に、何かを思い出したかのような仕草を見せる。


 「あっそうだ……。ごめん二人とも、すぐ戻るからちょっと待っててくれる? 部屋入ってていいから」


 そう言って、ティルは扉を開けたまま、もと来た道を戻る。不思議そうにその後ろ姿を見送ったルクリアとモモは、他の誰かの邪魔になっても悪いと思い、執務室の中へ入ることにした。

 執務室の中は、二人が朝訪れた時とは違い、部屋いっぱいに暖かな光が満たされていた。カーテンこそ開け放たれているが、そこから入ってきているのは刺すような日光ではなく、昼下がりの眠気を覚えるような柔らかいものだ。それのおかげで室温が上がり香料が解けたのか、或いはもともとそういう香りがあったのか、ほのかに甘く、けれど不快ではない蜂蜜のような匂いが鼻腔をくすぐる。

 そしてなによりも二人が驚いたのは、この部屋を出る時には確かにあったはずの、床に開けられた穴が綺麗に修繕されていたことだ。継ぎ目こそ見えるが、執務室の床、という役割を果たすためには必要十分なほどに完璧なチェスカーの仕事ぶりが伺える。


 「いや~それにしてもこの部屋……ティルの匂いがするぅ~」


 「おい……さすがにきもちわるすぎるぞそれ……」


 胸一杯に息を吸い込み、一呼吸置いてからそんな発言をするルクリアを、モモはただひたすらに気持ち悪いものを見るような目で一瞥する。そして、そうは言ったものの”ティルの匂い”が若干気になるのか、ルクリアには気づかれないように小さく深呼吸してみせる。


 「お待たせー。さ、座って座って」


 「うわぁっごめんなさい!」


 息を吸い込むと同時に現れたティルの声に驚き、思わず反射的に謝ってしまうモモ。


 「おかえり~。あっ! ケーキ持ってきてくれたの!? やった~」


 ティルの姿を見るや否や、その手に持たれた大きな丸いトレーに乗せられているケーキに反応するのはルクリアだ。そのままティルに頼まれトレーを受け取ると、ケーキと紅茶、そして食器を人数分、ソファーの前にあるローテーブルに移していく。

 三角形に切り分けられたケーキは純白のクリームで化粧を施され、その上では色とりどりな山葡萄が踊っている。添えられた紅茶から漂う落ち着いた香りが、一層それらに対する食欲を引き立てていくようだ。


 「モモちゃんどうしたの?」


 なぜか謝るモモを気にかけるティルだが、モモがぶんぶんと大きく顔を横に振りなんでもないと言い張るのを見て、特にそれ以上なにかを訊くことはやめたようだ。ルクリアから空になったトレーを受け取ると、それを部屋の入口に立てかけて、自分もルクリア達の対面になるようにソファーに腰を下ろす。


 「さて、それじゃしばらく外は使えないし、座学の時間にしよっかー」


 「ざ……がく? ごはんのことか?」


 言葉の意味がわからずきょとんとするモモ。怪訝そうに首を傾げると、それに追随して鮮やかな銀髪が流れる。

 ティルは一瞬思案するような様子を見せたが、幸いすぐに閃いたのか人差し指をピンと立てて言う。


 「座学は”お勉強”のことだよー。ごめんねー最初からそう言えば良かったよね」


 「おべんきょう……! なにをおしえてくれるんだ」


 勉強の言葉を聞いた途端、興味津々でモモはティルに詰め寄る。その勢いにはティルも少し驚いたようで、びくっと肩が跳ねたのが伺えた。対してルクリアは、飲んでいた紅茶のカップをローテーブルに置き、勉強~うぇ~やりたくない~……とぼやいていた。


 「そうだなー……。モモちゃんは、今自分の生きてるこの世界のこと、どれくらい知ってる? 別に何一つ知らなくてもいいんだけど、これから色々新しいこと始めるときに知ってると便利かなーって……」


 ティルはそう言いながら一度席を立つと、自分の机の上に乱雑に積み上げられた書籍をいくつか適当に見繕って、それを小脇に抱えながら再び席に着く。


 「オレがしってること……。ここはでっかい島で、たったひとりの王様がいろんなくにのめんどうをみてるってことくらいしかしらない。――それから、オレみたいな混血種ハーフはわるいことのあらわれだから、いなくなったほうがいいって……」


 記憶の糸を手繰るように、モモは拙いながらも言葉を紡ぐ。その邪魔をしないようにと、ルクリアはなるべく音を立てないようにケーキを口に運び、ティルはモモの話す姿をじっと見つめている。


 「うん。混血種ハーフのことはね、モモちゃんは気にすることないよ。確かに珍しい種族ではあるんだけど、珍しいが故にそれを怖がった人たちが勝手にそう言ってるだけなの……。言ってしまえば悪しき風習ね。災厄の化身、だなんて、そんな言いがかりをつける人たちこそ災厄そのものだよ」


 ティルは怒りを露わにこそしなかったが、若干語気を強めて言う。身内への肩入れもあるのだろうけれど、それでもティルは本心からそう思っているんだろうな、とルクリアは感じた。


「そっかーわかった! じゃあせっかくだし最初の最初からおさらいしよっか。もちろん、リアちゃんも一緒にね。 『私には関係ありません~』 みたいな顔したってダメなんだから」


 ティルはぱんと両手を叩いて言う。その言葉に諦め顔で大きくため息をつくルクリアと、楽しみに満ち溢れた表情のモモがとても対照的だ。

 先ほど自分が持ってきた書籍の中から、おもむろに一枚の紙を取り出すティル。使い古されているのか、ところどころ擦り切れて茶色に変色しているそれは、何回かに分けて折られていた。ティルの手によって、乾いた音と共にテーブルの上に広げられる古紙には、書籍のように細かな文字こそ書かれていなかったが、ひと目で巨大な島と見て取れる陸地と、その端々に散らばる小さな孤島が描かれていた。


 「これが私達の住んでいる世界、 ”超大陸ユグドラシル” の大まかな地図だよー。こうして見ても何が何やらだと思うんだけど……」


 ティルは地図を難しい顔で凝視するモモに気を配りながら、ちょうど大陸の中心部を指で指して続ける。


 「だいたいこの辺りが、いま私達がいるローラシア統一国の首都メリカ。この青い点線で囲ってある部分が、さっきモモちゃんが外で見た城壁のラインだよー」


 ティルが簡単に噛み砕いた説明を挟みながらその位置を指し示すと、自分達は気が遠くなるほど広大な大陸の上に住んでいるということがようやくモモにも伝わったのか、難しげにしていた表情は、一気に信じられないという驚嘆の表情へと変わる。


 「ふふ、びっくりするよね。古い地図だけど、だいたいはこの通りって言われてるんだー。私はメリカ以外はほとんど行ったことないけど、いつかこの広い世界を旅することが夢なんだ」


 ティルは無邪気にはにかむと、古ぼけた地図に目線を落として、まだ見ぬ果ての地への想いを馳せる。


 「へえ~意外。ティルはずっとメリカに引きこもって過ごしたいんだと思ってた~」


 「ちょっとリアちゃん! 人聞きの悪い言い方しないでよー。まぁそりゃ確かに、旅は大変で疲れそうだけど……。たまにはもっと他の世界を見てみたくなったりするの」


 「ま~いいんじゃない~? ティルなら旅団の護衛とかできそうだし? わたしは家で昼寝しながら夢の中を旅するから頑張ってね」


 そう言って、ルクリアは気の抜けた笑みを浮かべる。ティルも、もう既に慣れたことのように小さなため息をつく中、モモはただ一人黙々と地図を見つめていた。


 「ねえモモ、おとぎ話とか興味ない? 童話みたいな感じなんだけどさ、なかなか感動するんだこれが~」


 ルクリアは、ティルの持ってきた書籍の中から見覚えのある一冊を取り出し、懐かしむように表紙を撫ぜながらモモに訊く。その声に反応し顔を上げるモモだが、あまり乗り気ではなさそうだ。


 「きょうみない」


 「あはは……まあまあモモちゃん、そう言わずに聞いてあげて……」


 むぅと頬を膨らまし拗ねるルクリアを宥めながら、ティルはモモに優しくお願いする。モモはすっかり根負けしたのか、やれやれと言った表情でそっとルクリアの脇をつついて言う。


 「……ききたい」



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