2-7
「それじゃあ今度は私からいこうかな」
綺麗に磨かれた軍靴を地面に打ち鳴らしながら、心底楽しそうに言うティル。
はたから見れば飼い主に遊んでもらえることが嬉しい小動物のようだが、実際にじゃれ合ってみればそれは小動物などでは収まらず、さながら命がけで凶暴なドラグーンから逃げ回っているような気分にさせられる。
「ほらリアちゃんこっちだよー。よそ見してると怪我するよ?」
ほんの一瞬、たった一回のまばたきだ。百メートルはある距離にいたはずのティルは、その一秒にも満たないまばたきの間に姿を消していた。すかさず声のした方を向くと、視界いっぱいに広がる、すらりと伸びた綺麗な指。そのうちの中指だけが、親指に引っ掛けるようにして曲げられていて――
「えいっ」
茶目っ気のある掛け声とは裏腹に、凄まじい衝撃を孕んだそれ――チェスカー曰く殺人デコピン――を、間一髪のところで後ろに避ける。ティルの指は触れていないはずの額がヒリヒリと悲鳴を上げ、末恐ろしい威力を物語った。
「乙女の顔面になんてことを!」
本気で当てるつもりで来たのか、避けられたことを若干驚いている様子のティルに抗議の意を叩きつけ、反撃に転じる。
まずは二発、顎と鳩尾を狙って左手で。顎の方は避けられ、鳩尾は右手で防がれるが狙い通りだ。すかさず空いた右肩目掛けて、渾身の力を叩き込む。
「まだまだ!」
魔法の盾に防がれた右手を戻し、脛を狙っての蹴り。ティルの視線が下に流れた隙を狙い、真横の城壁を掴んで駆け上がり、ティルを飛び越えるように後ろへ回り込みつつ、落下の勢いを込めた手刀を首筋目掛けて放つ。
「いいねーリアちゃん。力の出し方上手になったよ」
「そりゃどうも! 散々叩き込まれたから、ねっ!」
ティルはすんでのところで手刀を受け止めると、片手でそれを掴んだまま、振り向きぎわに嬉しそうに賞賛の言葉を投げかける。申し訳程度の礼を返しつつ、一度距離を取るべく掴まれた腕に力を込めるが、全く振り解ける気配はない。
そうこうしているうちに、お返しと言わんばかりに飛んでくるティルの手刀。しかしそれがルクリアの身体に届くことはなかった。なぜなら――
「ステイトロック? いつの間に……?」
不意を突かれた子供のように、驚きから目を丸くするティル。その周囲にはティルの身体を取り囲み拘束する、薄桃色の魔法が展開されている。同じ魔法でも、ティルのステイトロックとは少し違う、楔になる三角錐を繋ぐように流れる正円が途切れ途切れになっていて、それが幾重にも重なって不思議な模様を描き出す。
「さっき後ろに回り込んだ時だよ。さっ、ティル、降参してお昼ごはんとしましょうか!」
不敵な笑みで勝利を確信するルクリア。掴まれていた片手も自由を取り戻し、満足気に両手を腰に当てて小さく息を吐く。
「いつの間にかちゃんと模擬戦ができるようになるくらい成長してて、お姉ちゃんは嬉しいな。それに免じて今日は――」
――メリカで一番美味しいご飯ってなんだろう。大衆食堂、は美味しいけどいつも食べてるから他のがいいし、商店街一って言われてるケーキ屋さんも良いけどご飯じゃないし……。はっ、まさか王宮のご馳走食べさせてもらえるかも……!?
もうすっかり模擬戦は終わったものと思い込み、どんな美味しいものを食べられるのかと未来に想いを馳せている中、ティルの口からにわかには信じがたい言葉が飛び出す。
「――今日は思いっきり戦っちゃおうかなっ」
「……へ?」




