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ルクリアの挑戦を仕方なしに受けたティル。訓練場では、二人の模擬戦を観戦しようと数人の隊員達が各々食べ物やお酒を持ってきて、端の方にシートを敷いてそこで歓談していた。
「おう、模擬戦やるんだってな。怪我しない程度にな」
準備運動と称してモモを追い掛け回していたルクリアに、チェスカーが声をかける。心配はしつつも、久しぶりに見られるルクリアとティルの対戦を楽しみにしている様子が表情から伺える。
「もちろん! て言うかみんな肉焼きだしたけどいいの……? なんか前よりも自由になってきてる気がするんだけど」
「あぁ、いいんだよ別に。あんまり圧力かけても士気が下がるだけだしな。楽しく過ごして、いざって時にしっかり役に立てばいいってよ」
巨大な鉄板をどこからか持ち出してきた隊員達を見て、さすがのルクリアもその自由奔放さに恐れ入る。チェスカーも若干苦笑いが混じっているが、楽しそうな光景を眺めながら話す姿はやはり楽しげだ。
「モモちゃん、腹減ったって顔してるな! ちょうどいい時間だし、昼飯がてら向こうでみんなと観戦しようぜ」
突然声をかけられて驚きながらも、チェスカーの方を見るモモ。ルクリアとチェスカーをそれぞれ交互に見つめ、最後にじゅうじゅうと音を立てて美味しそうな香りを漂わせる鉄板で視線を止める。くんくんと風に運ばれてくる匂いを嗅ぐような仕草とほぼ同時に、大きな音を立てて鳴るお腹を押さえて顔を真っ赤にしながら、両耳をぺたんと前に伏せてみせた。
「大丈夫だよ、行っておいで。みんな楽しい人だし、もし何かされたらティルが全員八つ裂きにしてくれるから~」
「そんな物騒なことしません! もう……モモちゃんに変なこと吹き込まないでよねー」
他人に対する恐怖感からか、一歩が踏み出せないモモの背中を押すつもりで言った言葉は、ちょうど準備を終えてきたティルにばっちり聞かれていたようだ。
「あとで私達も一緒に食べに行くから、先にみんなと食べててちょうだい。きっとみんな優しくしてくれるから」
ティルはモモの目線の高さに合わせて屈みながら、恥ずかしさからか俯くモモにぱちんとウィンクする。そんなティルを見て少し安心したのか、ずっと下を向いていたモモの長いまつげがようやく上を向く。
「おひるごはん、たべてくる」
モモは短くそれだけ言うと、チェスカーの後ろにぴったりとくっついて、隠れるように歩きながら歓談の場へと向かっていった。産まれたての雛が親鳥から離れられないような、そんな光景は見ていてとても微笑ましいものだ。
「さっ、リアちゃん、準備はいい?」
「いつでも!」
身体も暖まってきたところで、シャツの腕をまくってティルと対峙する。思わず漏れる緊張と高揚混じりのため息が伝播するように、騒がしかったチェスカーたち観客も一瞬静かになり、街道を行く人々の声と風の音だけが辺りに響き渡る。
「それじゃあ始めよっか。訓練場の中は魔法の威力が減衰するように作られてるから、遠慮しないで全力でいいよ」
――そういえば昔ティルが言ってたっけ。訓練で怪我をしないように、ここの壁には放出された魔法を拡散させる素材が含まれてるって。
「わたしが勝ったらこの街で一番美味しいご飯、奢ってもらうからね」
「じゃあ私が勝ったら、あれ、後片付けお願いしちゃおうかなー」
そう言ってティルが指さしたのは、今まさに開戦の合図が如く煙を上げて、食材をこんがり美味しそうな色に変えている鉄板だ。指で示されたことに気づいた隊員達は大盛り上がりの大歓声。なにが彼らのテンションをそこまで上げるのか。
「上等! ――いざ尋常に!」
「ふふっ、おいで」
二人の声に重ねるように、より一層強くなる外野の歓声。うるさそうに耳を下に向けて、ひたすら焼かれた肉を頬張りながらも視線はルクリアとティルに釘付けなモモ。
そして、気合十分と全身を滾らせるルクリアと、雰囲気こそ変わらないが、視線を合わせれば思わず身をたじろいでしまうような強い瞳で相手を捉えるティル。
先に動いたのはルクリアだった。桃色の魔法陣を弾けさせ、四肢にそのまばゆい光を纏う。と同時に、ルクリアのいた場所には蹴り上げられた芝生と土が残り、その姿は一瞬のうちにティルへ肉薄する。
「こりゃ驚いた。おいお前ら、街の配達屋に速度も力も負けてるんじゃねーか?おお?」
チェスカーが隊員達を茶化す声は、限界ギリギリまで肉体を研ぎ澄ませたルクリアの耳には届かない。
未だ動きを見せないティルの身体めがけて、まずは軽く、わき腹を抉るように拳を突き出す。しかしそれが対象を捕らえることは無く、最小限の動きで避けられてしまう。しかしこの程度は予想通り、驚いている暇は無い。
すかさずティルが避けた方向に魔力を放出して、小さな魔法陣の盾を作る。普段は高所の荷物を下ろすときの足場や、物置として使っている魔法の向きを変えて応用したものだ。ぶっつけ本番で成功させたことを内心自画自賛していると、視界の反対側から片足に鈍い衝撃。
「いった~……ってヤバ!」
実際にはそこまで痛みはないのだが、思わず声に出てしまうお決まりの台詞。
ティルを一瞬視界から外して後ろに目線を飛ばすと、そこにはいくつもの光弾と、それらひとつひとつの周囲に、さながら大砲の砲身を想起させる光輪が、光弾を撃ち出す照準を定めるようにこちらを向いている。高速で回転する赤い光輪は目を奪われるような模様を描いているが、それに見惚れているわけにはいかない。
「逃げるが勝ちっ!」
「えーおいでよー」
悪戯に微笑むティルの言葉はひとまず無視して、後ろへ大きく距離を取る。桃色の長髪が視界の横を流れ、そのすぐ横をいくつもの光弾がリズム良くすり抜けては地面にぶつかり、爆ぜる。日常ではいろいろな髪形が作れて楽しい長髪も、この時ばかりはうっとおしく思えた。
ひとまず光弾をすべて避けきり、城壁を背に体勢を立て直す。火照った身体には時折吹きつける冷たい風が心地よい。
「お腹減った……」
宴会ムードの歓声に乗って流れてくる美味しそうな匂い。思わず降参の鐘を鳴らしそうなお腹を両手で押さえつけて我慢させる。
「リアちゃんが降参すればご飯食べられるよー」
「絶対しないもんね! べーっ!」
からかい混じりのティルの提案を一蹴し、気を取り直して再び戦闘態勢に入る。美味しいご飯のためにも、わたしはここで負けるわけにはいかないのだ。




