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執務室を出て、食堂とは反対側へ向かうように廊下を歩く。それぞれが歩く度に板張りの床が軋む音は、どこか可愛げすら感じるような音だ。
突き当たりを曲がれば、そこはもう訓練場だった。詰め所から出て朝日の眩しさに目が慣れると、真っ先に目に入るのは石積みの巨大な城壁だ。街道から見るとホワイトチョコレートのかかった大きなミルフィーユのようにも見えたそれは、こうして間近にしてみると流石にどっしりとした守りの要としての威圧感すら覚える。
詰め所の庭、というにはあまりにも広い訓練場。一辺は城壁で、そして残りの辺は背の高い灰色の壁で囲うように四角く区切られている。なんでもこれは岩石を一度融解させてから再形成したもので、結構な強度を誇るものらしい。
「ひろい……。まとだ、まとがいっぱいならんでる」
綺麗に狩り揃えられた芝生を踏み鳴らして、やや興奮気味のモモが興味を示したのは、おそらくは遠距離魔法の訓練で使うのであろう、目立つ塗装のされた球体の標的だった。
「あーあれね。魔導銃の訓練で使ったりするの。後でモモちゃんもやってごらん」
ティルは銃を構えるような仕草をモモにして見せて、日当たりのいい場所まで進むとこちらを振り返る。
「モモちゃん、魔法ってね、誰でも使えるものだけど、中には全く使えない人もいるの。それでも……」
「べつに、それならそれでいい」
途中で言葉に詰まるティルに、モモは短く、けれど意思を感じる口調で返す。ぎゅっと握られた小さな拳が震えているようにも見えたが、期待と同じくらい不安もあるのだろう。
ティルが伸ばした手を取って、引かれるようにモモは日向へと躍り出る。陽に照らされてはじけるように揺れる髪と、緊張しているのかぎこちない身体の動きがミスマッチで、つい何か声をかけたくなるのをルクリアはぐっと堪える。
「目には見えないけど、私達が暮らすこの世界には、私達が呼吸をして生きていくための空気があるでしょ? それと同じでもうひとつ、同じように目には見えないけど、マナっていうものも空気と同じくらいあるの」
ティルはくるりと回って、空を掴むように手をかざして、軽く握りしめてみせる。
「マナも私達は知らず知らずのうちに身体に取り込んでいて、それが魔法を使うための力になるの。――ご飯を食べて、栄養を取らないと身体は動かないでしょう? それと同じ感じね。マナは身体の中に魔力として貯めておける、そしてそれをエネルギーにして、魔法を使うの」
難しそうに顔をしかめるモモに、ティルはなるべくわかりやすく伝わるように、言葉を選びながら身振りを交えて説明する。
「たくさん食べる人もいれば、少ししか食べられない人もいるよね。マナも同じで、たくさん魔力として貯めておける人とそうじゃない人がいるの。私は結構魔力多いほうなんだけど、リアちゃんは貯めるの苦手なんだよー」
「ティル~わたしのことはいいから! どうせすぐ息切れしますよ~だ!」
べーっと舌を出して拗ねたそぶりをするルクリア。こどもかよ……とモモが小さな声でつぶやく。ティルは一息つくと、モモの後ろに身体を移して背中にそっと手を添える。
「モモちゃんいい? 魔法で大切なのは、強くイメージすることなの。誰にも負けない自分でもいい、みんなを癒せる力でもいい、とにかくなんでも、出したい力をイメージして、願ってごらん」
「わかった」
モモはこくりと頷き、目を閉じる。大丈夫だよ、とティルは声に出さず微笑むと、モモのそばを離れて、ルクリアの隣に立ち、落ち着かない様子で両手を後ろで組んだり前に持ってきたりしている。
「でもリアちゃん、どうしてわざわざここで魔法の練習をさせたかったの?」
気を紛らわせたいのか、モモから目は離さないままにルクリアに訊ねるティル。
「あの子は……モモはきっと、『誰よりも強くなりたい』って想いを持ってるんじゃないかな~って思ったんだ。暴力に屈しないような魔法の力、それはきっと――」
ルクリアが全てを言い終える前に、朝の寒空の色によく似た水色の閃光がモモの周囲に弾けた。それは暴風をともなって、モモの周囲に近づくもの全てを八つ裂きにしそうな勢いで、獣のような唸りを上げる。
「暴力をねじ伏せるための暴力……か」
自分の初めて出した魔法に驚いて、尻餅をついてしまっているモモを寂しそうに見つめながらティルはつぶやく。その言葉に込められているのが憐憫の情なのか、或いは何か他の感情なのかルクリアにはわからなかったが、普段とは少し違う表情を見せるティルにかけるべき言葉を見失う。
ちょうど魔力も尽きたのか、モモの周りの芝生を無造作に細切れにしていった暴風は止み、辺りに普段の静けさが戻ってくる。
「ま~ほら、家の中がこうなったらいやだな~って思って、ね」
自分の思っていたよりも強烈なモモの魔法の爪跡。本当にこれが自宅でなくてよかったと心底安堵して、ルクリアは先のティルの問いかけに苦笑いで答えた。




