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スマイリーデリバー!  作者: くっしー
優しい優しい子守唄
13/36

2-3


 「あれ、なに?」


 目を慣らすように周囲をぐるぐると見回していたモモが、不意に壁面のとある一箇所を指差して、興味有り気にティルに尋ねる。

 そこに立てかけてあったのは、ルクリアたちの身の丈ほどはありそうな、大判の包帯でぐるぐる巻きにされた細長いものだった。あまり目立たないような場所で、部屋に溶け込むようにして佇んでいる。


 「あー。気になる? いいよ、ちょっと待っててね」


 ティルはそう言うとそっと席を立ち、それを手に戻ってくる。持ち上げる時に少し力を込めるような動作を見せたので、それなりに重いものなのだろう。

 ティルにしては珍しく、不慣れな手つきで幾重にも巻きつけられた包帯を解いていく。時折、食堂の方から聞こえてくる笑い声が、壁を伝って静かな部屋に響く中、徐々にその姿を露わにしていく物に、隣にいるモモが思わず息を呑むのが伝わってくる。


 「じゃーん。とっても綺麗でしょー」


 どすっ、と鈍い音で床にそれを突き立てながら、寄りかかるようにして微笑んで見せるティル。言葉通り、それは目を奪われるほどに美しい大身槍だった。

 穂先から柄までを覆うように伸びる巨大な片刃は薄紅色に輝いていて、その槍身には軽量化のためか二本線の筋が、より鋭さを意識させるように掘られている。ちょうど中心部辺りまでは柄と刃の間に隙間があり、どの間合いでも振るえるように配慮されていることも窺えた。

 一言で槍、と言うよりも、異形の大剣、と言い表した方がしっくりとくるその武器は、部屋を舞う少量の埃が陽の光で煌く中、神秘的なまでの雰囲気を放って佇んでいた。


 「えっ、すっご~い! なにこれ! どうしたの!?」


 「リアちゃんも見たことなかったっけー。これ、私が隊長になったときのお祝いって、今の国王がくれたんだー。幸か不幸か、訓練と祭典でしか使ったことないし、これからもずっとそうならいいなーって思ってるんだ」


 「ティルシーさん……ほんとうにすごい人なんだな……」


 ティルに畏敬の念を感じたのか、モモは急にもじもじと小さく縮こまってしまう。


 「うん……ビビった……。国王からプレゼントもらったとか……。――それ、いくらで売れるかな」


 「うーん……。軽く五百万ピアくらいはするんじゃないかなー……多分」


 槍身を撫でながら答えるティルの言葉にルクリアは絶句した。

 五百万ピアもあれば、向こう数十年は遊んで暮らせる。ちなみに、だいたい一ピアで芋が五つ買える。五百万ピアだと、二千五百万個の芋だ。この槍は実質大量の芋なのだ。


 「なぁティルシー……。それ売り払って、どこか遠いところへ二人で駆け落ちしようぜ」


 「リアちゃんよだれ垂れてる。せっかくの決め顔も台無しだよ」


 呆れ顔でそう言ったティルは、同じく呆れ顔のモモと目を合わせて小さく吹き出す。モモはため息をついて、大金持ちへの妄想を馳せるルクリアが正気を取り戻すのを静かに待っていた。

 そうこうしていると、廊下から足音がひとつ近づいてくる。それは執務室の前でぴたりと足取りを止めると、程なくして扉を二回叩く。


 「おーい、訓練所綺麗にしといたから自由に使っていいぞ。――おい、その床の穴誰が塞ぐんだ?」


 ティルが応答するのを待ち、扉を開けて顔を覗かせたチェスカーは、苦虫を噛み潰したような顔で大身槍の刺さった床を指差す。ティルは一瞬、見られてはまずいものを見られた子供のような表情を浮かべるが、すぐに開き直るようににっこりと笑って、言った。


 「執務室の補修をよろしくお願いします。チェスカー教官殿」


 「あー……知ってたよ。お前がそういうやつなのは前世から知ってた」


 半ば諦めの混じった声で力なくチェスカーは苦笑すると、手をひらひらと振ってまた部屋を後にした。


 「あのおじさん、かわいそうだけど楽しそう」


 「チェスカーはね、ティルにたくさん甘えてもらえると嬉しいんだってさ~。ね~ティル?」


 不思議そうな目でチェスカーを見送り、ひとりつぶやくモモ。ルクリアはモモにもわかりやすくその理由を伝えて、悪戯っぽくティルを見る。


 「もう、モモちゃんが変な誤解するからやめてよね。……なに二人してにやついてるのさー」


 すっかり頬を膨らませて、ティルはぷいとそっぽを向く。無理していない、そんな年相応のティルの表情が見れるのはとても良いことで、自分まで嬉しくなる。


 「そういえばその槍、名前とかあるの?」


 「うーん、特に考えたことなかったなー。滅多に使うこともないものだし」


 すっかり話題から置いていかれていた寂しげに輝く大身槍を指差し、ずっと気になっていたことを尋ねる。ティルはあっけらかんと答えると床から槍を引き抜いて、再び包帯でぐるぐる巻きにしていく。抜く時に床板がひどい音を立てて割れたような気がしたが、モモが一瞬小さい声を上げたきり、誰もそれに触れることはなかった。


 「えーせっかくだし名前つけてあげればいいのに~。愛着湧くんじゃない?」


 ルクリアがそう言うと、ティルは若干困ったような表情を浮かべて、包帯を巻く動作を止める。――私、そういうのセンスないから、と切なげな瞳で槍身を撫でて、再びきっちりと刃を隠すと、柄を下にしてそっと元あった場所へと名前の無い槍を戻した。


 「そっか~……。――さっ、訓練所使っていいみたいだし思いっきりぶっぱなしにいこ~」


 このままいつまでもおしゃべりを続けていては、何もしないうちに日が暮れてしまう。当初の目的を思い出したルクリアは、元気良くソファーから立ち上がると、モモの手を引っ張って腰深く座っていたモモが立つのを手助けする。モモの期待と同じくらいの埃がキラキラと舞い上がり、思わずモモは小さなくしゃみをひとつした。




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