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スマイリーデリバー!  作者: くっしー
優しい優しい子守唄
12/36

2-2


 「ティル~、遊びに来たよ~!」


 翌日、ルクリアとモモはメリカ郊外の軍詰所に来ていた。冷たい空気に眩しい朝陽が降り注ぐ中、誰もいない詰所の入り口でルクリアが声を張る。

 しばらく経つと、錆びついた扉が軋んで開かれる音と共に、一人の男性が姿を見せた。


 「おう、ルクリアちゃんか。……ん? そっちの子はあれか、ティルシーが言ってた子か」


 「おはようチェスカー! そうそう、モモだよ。魔法の練習で訓練所使いたいんだけど、いい?」


 ルクリアの影に隠れるモモを見て、待ってたぜと言わんばかりの表情で出迎えるチェスカー。チェスカーの筋骨隆々な体躯と、逆立てた短い黒髪、そして黒を基調にした軍の制服に恐怖心を覚えてか、モモは下を向いたままルクリアの服の裾をそっと掴む。

 その様子を見てチェスカーは困り顔で後ろ頭を掻いて、モモと目線を合わせるように中腰になる。そして一言、


 「えっと……おじさん……怖い?」


 と、自分を指差して、精一杯の優しそうな声でモモに尋ねた。

 思わず吹き出しそうになるのをルクリアは必死に我慢しながら、自分の後ろから微動だにしないモモに視線を投げる。


 「ほらモモ。こわい~って言ってやれ~」


 囁くようにモモに耳打ちすると、より一層服を握る手の力が強くなったのがわかる。モモは意を決したのか一度ルクリアと視線を合わせ、すぐにふいっと横を向いた後にチェスカーをじっと見つめる。

 静かな風がそっと吹き抜け、草原を揺らして乾いた音を鳴らす。ほぼ同時に、それと同じくらいの小さな声でモモが言葉を発した。


 「……さむい」


 「あぁ……さむいな。ほら、早く中に入れよ」


 我慢できずに吹き出してしまったルクリアを横目に、チェスカーは扉を開けて二人を先導する。狭い廊下を抜けて食堂に出ると、そこでは兵士と思わしき数人が朝食を取っている最中だった。

 夢中で目の前の食べ物を口に掻き込む音と、美味しそうな香辛料の香りが漂う中、ルクリア達の来訪に気づいた一人の若い男性が立ち上がる。食べ物を口いっぱいに含んだまま、焦ったような表情でピンと指を伸ばした手をこめかみに押し当てて敬礼する男性。ルクリアがつられてお辞儀をする中、雰囲気に圧倒されたのかモモは棒立ちのままだ。


 「気にしなくていいからメシ食ってな」


 と、チェスカーに促され、若い男性は一礼をし食事を再開する。それ以外の人達はみなルクリアと顔見知りのようで、各々適当に挨拶を交わしていた。

 食堂を抜け、また狭い廊下を少し進むと 『執務室』 と無骨な文字で書かれた古びた木製のプレートがぶら下げられた扉が見える。


 「おーい、ルクリアちゃん達来たぞ」


 チェスカーが執務室の扉を数度叩いてから呼びかけると、すぐに扉の向こうから 「はいってー」 と聞き慣れた女性の声が返ってくる。古くなった金具同士が擦れて音を立てる扉を押して開くと、窓はレースのカーテンで閉ざされたまま、そこから漏れ出す陽の光以外、光源の無い薄暗い部屋が一行を出迎えた。

 部屋に入ると真っ先に目に入る開き戸がガラス張りの本棚には、所狭しと書類が詰め込まれていて、天井から吊り下げられたランプは、埃を被ったまま寂しげに沈黙している。足下の簡素な薄い絨毯とは対照的な、年季の入った大きな机。その上に乱雑に積み上げられた書籍の隙間から、なにやらもぞもぞと動く栗毛色の塊が見える。


 「おいティルシー……。明かりくらいつけたらどうだ」


 「いいのー。寝てただけだし。今日寒いからなにもしたくないですー」


 呆れるように大きなため息をついて注意するチェスカーに、ティルはいかにも眠そうな態度でひらひらと手を振ってみせる。やれやれと肩をすくめながら、後は好きにやっててくれ、と言い残してチェスカーはそのまま執務室を後にした。

 つい先ほどまでいた食堂との対極的な温度差についていけなかったのか、モモも若干疲れたような表情を見せている。とりあえず来客用で置いてあるソファに座ろうか、とモモの背を叩いて促そうとした時、もぞもぞと動いていた栗毛色が突然立ち上がった。


 「起きた! いらっしゃい、リアちゃんモモちゃん」


 完全にティルのことは意識から外していたのか、モモはティルが立ち上がったときの物音に驚いたように一瞬小さな身体を跳ねさせた。ルクリアは苦笑いで手を振ってみせる。

 ティルはしっかりしているように見えて、実のところかなりのマイペース。代わりに仕事はきっちりこなすから咎めることもできない、と昔チェスカーが言っていたことを思い出して、ルクリアはひとり納得していた。


 「改めまして。――ローラシア統一国軍、メリカ支部総括部隊長。ティルシー・ベリフィーネです。どうぞお見知りおきを」


 ティルは敬礼して、慣れた口調で自らの役職を名乗り、最後に悪戯気にウィンクしてみせる。初めて会った時とのあまりのギャップに度肝を抜かれたか、モモはぱっちりと目を開けたままティルを凝視して、まるで精巧に作られた石像のように固まってしまっていた。


 「ふふっ、リアちゃんも初めてこうしてみせた時はそんな顔してたっけなー。ほらほら、寒かったでしょ。とりあえず座ってゆっくりしてね」


 「驚かない方がどうかしてるっつ~の……」


 懐かしむように口に手を当てて笑うティルにぼやいて、ひとまずモモとソファーに座る。革張りのソファーはひんやりと冷たく、硬派な見た目にそぐわない柔らかさで身体を包み込んだ。


 「モモちゃん、どう? 驚いた?」


 閉めていたカーテンを開け、一気に明るくなった部屋の中で、にっこり笑って対面に座るティルに、モモは眩しそうに目を細めながら首を縦に振る。

 ちょうどルクリアとモモの目線の高さに朝陽が刺さることにティルは気づいたのか、慌ててカーテンを片方閉める。若干部屋は暗くなったが、ソファーの隣に窓枠模様の綺麗なシルエットが浮かび上がって、天然の絵画のように雰囲気のいい彩りをつけた。




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