2-1 優しい優しい子守唄
あれからはや一週間。相も変わらず騒々しいメリカの街は、春の兆しに包まれてより一層沸き立っていた。
モモが家に住むようになってから時間が経つのはとても早かった。可愛い帽子を見繕ったり、スカートはスースーして嫌だと言うからズボンの上から羽織れるものを探したり、結局わたしがあげた服を気に入ったみたいにして着てたりして――。
わたしが配達に出てる時は、まだ外は怖いみたいだったから家にいてもらってるけど、夕方帰ってご飯を作ると、いつもとってもたくさん食べた。血色も良くなってきて、初めて会った時よりも随分健康的な見た目になった気がする。
そういえばあの時は気づかなかったけど、今改めてこうして見てみると、モモの髪の毛はとっても綺麗だ。肩の辺りで可愛らしく毛先が揺れて、暖炉の炎が映り込みそうなくらい透き通った銀色で……。ちょっとうらやましい。ずるい。
「なにじろじろ見てるんだ。きもちがわるいぞ」
ルクリアの視線に気づいたモモは、夕食の食べかけたパンを一旦皿に戻して、怪訝そうにジト目でルクリアを注視する。
「べっつに~。遠い昔を思い出していたのさ」
適当にはぐらかしてはにかんでみせるルクリア。モモは全く意味がわからないと言いたげな目線を投げつけながらも、それ以上特に気にすることもなく食事を再開した。
このままいつまでも続いていきそうな静かなひと時を楽しんでいたルクリアだったが、不意に何かを思いついたように手を鳴らして立ち上がる。
「モモ! 明日はティルの所に遊びに行こう!」
「なんでまたいきなり……」
ルクリア相手に拒否したところで無駄骨を折ることにになるだけだと学んだようで、申し訳程度に理由を尋ねるモモ。
「うーん……。モモだってずっと家にいても気が沈むだろうし、息抜きついでに魔法の使い方、モモに教えようかな~って」
魔法の使い方、という言葉を訊いて、モモが一瞬目を輝かせたのを見逃さず続ける。
「慣れてないうちは広いところで練習したほうがいいと思うし。ティルのところの訓練所借りればいろいろ揃ってて広いからいいかな~って」
「そんないきなり行っていいのかよ。めいわくじゃないか」
「大丈夫! そのうち行くってティルに言ってあるから!」
自信満々にピースしてみせるルクリア。モモは 「ふぅん」 と興味なさ気に振舞おうとしているものの、せわしなく左右に振られる尻尾が期待を物語っていた。が、すぐに勢いを落とし、沈んだ声で、
「でもオレ混血種だから……」
と漏らした。
しかしルクリアはそれも問題ないと伝えると、モモは純粋な疑問を投げかける。
「みんな慣れてるもん。平気平気~。きっと可愛がってもらえるよ」
「なれてる……ってどういうことだ?」
先の返答ではいまいち理解できなかった様子のモモ。不安が拭えないようで、表情は曇ったままだ。
「うーんつまり……みんなわたしみたいな人ってこと! 元気で明るくて細かいことは気にしない素敵な人達!」
適当な返答が思い浮かばなかったので、最もわかりやすく説得力のありそうな説明をひねり出す。別に嘘はついていないけれど、自分で言っておいて後から恥ずかしくなってくる。
呆気に取られたような表情のモモは少しの間考え込むようにして、片手を唇の辺りに持ってくる。目線を上げてルクリアを視界に入れると、心底嫌そうな表情で言った。
「こんなのがいっぱいいるのか……いやすぎる」
「ちょっとそれどういう意味! 待てこら逃げるな!」
身の危険を察知したか、言うが早いか一目散にルクリアから距離を取るモモ。ちゃんと食事を取って元気になってきたせいか、なかなか俊敏な動きにルクリアは感嘆の声を漏らす。
しかしそれとこれとは話が別だ。とりあえずとっ捕まえて、素敵なルクリアお姉さんと言わせるためにモモを追いかけ回す。両手で掴もうと思っても、するりと抜け出して反対側の壁に逃げるモモ。遊んでもらえることが嬉しい小型動物のように、元気に揺れる尻尾と、片耳を寝かせておいでおいでのように動かして、挑発しているとしか思えない行動。やはりここは一度酷い目に――もちろん痛みを伴わないような――遭わせるしかない……!
「さあ! 我が力を思い知るがいい~!」
最早完全に悪役の表情のそれと化したルクリアは、モモを指差し、足元に魔法陣を展開する。薄桃色の粒子がルクリアの周囲を舞い、暖炉の炎にも負けないような眩い光がリビングに満ちていく。
「ずるい! はんそくだ!」
モモは頬を膨らませ必死の抗議をするが、邪悪な笑みを浮かべたルクリアは一切取り合わない。ルクリアの放つ光彩はほんの一瞬で消えて、普段通りの照明と暖炉の炎だけが何事も無かったかのように部屋を照らす。
「な、なんだよただのおどしかよ――っ!?」
ほっとした様子で再び逃亡を図ろうとするモモだったが、手足の自由が利かなくなっていることに気づいたようだ。
「ざ~んねん。ゲームオーバー」
焦るモモの身体に向けて、人差し指と中指をまっすぐに伸ばして、まるで拳銃を撃つようにしてみせる。その先に徐々に浮かび上がるのは、モモを中心に取り囲むようにして浮かぶ薄桃色の三角錐状の光と、それらを繋ぎ止めるようにして正円を描いて回る数個の光。
「こんなことまでできるのか……。あんた、なんでもできるんだな」
感心と羨望が入り混じったような目でルクリアを見るモモ。ルクリアは自分の顔の前で手をひらひらと振って、照れ笑いを隠しながら 「そんなことないよ」 と言う。
「これ、わたしが知ってる、戦いでも使える唯一の魔法なんだ~。配達中に荷物奪いに来るようなやつもいるかもしれないからって、ティルが教えてくれたの」
「おそわれたこと……あるのか?」
恐る恐る尋ねるモモに、ルクリアはへらっと笑って見せる。
「ないよ~。人は多いけど平和だからね~ここ」
動きを止めたままのモモに近づき、ぎゅっと片手で抱きしめる。ちょうど胸の辺りで暴れる銀色の頭を撫でて、パチンと指を鳴らすとモモを拘束していた魔法が解除された。
「さ、罰ゲームの時間です」
「やめろっ。はなせー! くすぐるなー!」
それから後は、くすぐられて床を転げまわるモモの悲鳴混じりの笑い声が家中に響き渡って、とてもにぎやかな一夜を演出していた。