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せっかくだからモモちゃんの服を買いに行こうよ、というティルの提案をモモは断り、この服でいい、と言って聞かなかった。
残念そうにしていたティルだったが、傾いてきた日差しを見て、はっとしたような表情を見せる。
「ごめんねー。今日はそろそろ帰らなきゃ。また遊びにくるね」
「うん。また来てよ~。モモくん――あっ、モモちゃんも喜ぶと思うから!」
軽快な動作でティルは立ち上がると、名残惜しそうに二人に別れを告げてリビングを後にする。ルクリアはティルを見送るために玄関口まで同行するが、モモは疲れたのか、或いは面倒くさかったのか、その場で簡素な挨拶をしたきり動こうとはしなかった。
「リアちゃん、困ったことがあったらなんでも言ってね。遠慮は無しだよ」
「今更ティルに遠慮なんかしないって~。ほらほら、冷えてくる前にさっさと帰れ~」
ルクリアは軽口を叩きながらティルの姿が見えなくなるまで玄関口で手を振って見送り、夜風の面影を含んだ冷たい空気に震えながら扉を閉じる。リビングに戻るその足で玄関口にある収納の引き戸を開け、乾燥した木の香りの漂う中に乱雑に並べられた薪をいくつか手に取って、夜に備えて暖炉にくべるためリビングに引き返す。
「モモちゃんモモちゃん、今日はお姉さんと一緒に寝よっか~」
「いやだ。あと、よびすてでいい」
「えぇ~! せっかく可愛い妹ができたと思ったのに~」
「かってに妹にするな……。――ほんとにいいのか、オレは……ここにいても」
火をもらい、焦げ臭い匂いを放ちながら元気に燃え立つ暖炉の音を背に、モモは懐疑的に、或いは不安げに見える様子でルクリアに問いを投げかける。
「そうだよ? 今日からここがキミの家! そしてわたしはお姉ちゃんだよ、モモちゃん」
ルクリアは当然の事だと言った風に、モモに人差し指を突きつけて自信たっぷりに振舞う。暖炉の炎に照らされてか、頬を紅色に染めて、そっぽを向いたままモモはなにか言葉を発するが、ルクリアは聞き取ることができなかった。
「なになに? 遠慮しないでなんでも言って」
中腰になってモモの目を覗き込むようにしながら、聞き取れなかったモモの言葉を次は聞き逃すまいと待ち構える。対してモモは、ちらりとルクリアを一瞥してひょこひょこと耳を動かしてみせた後、それを自分の頭に両手で押さえつけるようにしながら、か細い声で一言だけ、呟くように発した。
「……よびすてでいい」