1-1 プロローグ
~プロローグ~
今までただの一度も考えたことはなかった。もしも、自分が誰かに命を狙われたらとか、誰かを命がけで守ることになったら、なんて。
淡い月明かりがステンドグラスの窓から差す中、燃えるような色の血が、一滴、また一滴と床に垂れる。これは自分のものなのか、それとも他の誰かのものなのか、それすらもわからないまま、わたしはただひたすら生きるために走っている――
「はぁ……はぁ…………。絶対に逃げて生き延びてやるんだから……!」
決意の声をかき消すように響く轟音。
獣の咆哮にも似た音から逃げるように走るのは、薄桃色の長髪を宙に踊らせて、小脇に気を失った少女を抱える若い女性だ。
「ちゃんと魔法さえ使えればあんなヤツ……っ!!」
事が思い通りに運ばないことを歯噛みしながら、息を整える暇もなく襲い来るものから少しでも離れようとする女性。わずかな月明かりだけを頼りに、薄暗い建物の中、まっすぐに伸びた廊下を全力で駆け抜ける。
その間も数度鳴り響く凶音。風切り音と共に、あの世への片道切符が飛来する。それは凄まじい速度で耳の横スレスレを通り過ぎ、壁にあたって凶悪な傷跡を残した。
――あんなものに当たれば間違いなく即死だ。後ろを振り返る時間すら今は惜しい。一気に距離を開けた後、そのままこの悪夢のような場所から離脱しようと足に力を込めるが、思うように力が入らずに体勢を崩して壁に手をついてしまう。
ほんの一瞬でも立ち止まればあいつの餌食だと、頭では理解しているはずなのに、身体は全く言うことを聞かない。
揺れる視界、傾く世界。気づけば重い身体は磁石のように床に吸い寄せられて、身動き一つ取ることができなかった。
「……ごめんね……。わたしは、あなたを守れなかった……」
大切に抱いたままの少女の体温が、布越しにもはっきりと伝わってくる。
次第に視界一面を染め上げていく赤。やがてそれすらも涙の色に滲んでいって、わたしはごちゃ混ぜになった感情を一言だけ宙に放った。
「――まだ、死にたくないなぁ……」