謀神ごっこ
戦国時代の話だし作中の純一郎のやり方や考えは史実の毛利元就を参考にはしましたけど肝心の史実の人達が出て来ないので、いつもの「創作戦国+オリキャラ」ではないです。ただのオリジナル戦国武将の話。純一郎も腐っても戦国大名だという話。調べりゃ調べる程怖いんですけど毛利元就……。今回も友人のオリキャラであるクロキ君を借りてます。彼と純一郎の会話です。
日知が天井裏から囁いてくる。
「……殿、先日の者の正体が判明いたしました。●●家の手の者です」
「うんそっか、それならその子は俺と口を利けるくらいの適当な地位に取り立てるよう指示出しておいて」
「わかりました」
「殿? ……今のはどういうおつもりで」
「んー?」
毒味のせいですっかり冷めたご飯を食べながら(どうせ毒なんて大して効きゃしないんだからいいっていってんのになあ)、小姓頭のクロキの台詞に首を傾げる。彼は云う。
「間者でしょう、要は。そのような者をなぜ……高い地位につければそれだけ情報があちらに渡されるのでは」
「うん、敢えてだよ」
「?」
振り返ると、彼は首を傾げている。そういえば俺と大して年が変わらなかったという事を思い出させる幼い仕種だ。そんな事を考えながら俺は笑った。
「誰が間者かわかっているんなら、騙されたふりして流しても差し障りのない情報を敵に流させるの。その間に俺がそいつを誑し込んで、こっちの手駒にして偽の情報を流して敵を攪乱させるけどね。こういう間者は大抵優秀だから捨て駒にするには惜しいからね~あ、ついでだからあっちの1番の重臣が裏切ってるって情報流さないとね、あいつ前に俺にべたべた触ってきたし、手が早いので有名らしいから俺と内通してるって言ったら説得力増すだろうし」
「……甘くないですか。それ。味方になるとは限らないんだから、今のうちにとっつかまえて脅してやった方が」
「何言ってんの。そんな事したらいつ敵にばれるかわかんないじゃない。それにね、味方に取り込んで好きでやって貰った方がよく働いてくれるしー。それにね」
味噌汁を啜って、彼の言葉を遮る。椀から口を離した。
「懐柔に失敗してもそのまま偽の情報流させて、あとは敵と一緒に斬り捨てればいいだけだから。脅して屈するようなのは手駒としちゃ使えないし、屈しないようなのはやっぱり殺しておく必要があるからね」
「…………。……あんた、どうして、それで、『ここ』だけで満足してるんです」
「うん?」
もそもそとご飯を咀嚼する。クロキが心から不可解そうに、声を低くして囁いてくる。
「ここって?」
「決まってるでしょう、この石山だけで、ですよ。あんた、伊達相手に胃を痛めたりしてますが、本当は天下取りくらいやれるでしょう」
「さあ、どうだろうね」
肩を竦めて、口の端を釣り上げる。端の先で塩の利いた鮭の身を解し、俺は言う。
「仮に俺が天下を取れるくらいの力量を持ってるとしても、別に要らないよそんなの」
「殿、それでもあんた大名ですか」
「大名は武士。武士は誰かを守る為に生きるのが本懐だよ」
解した身をご飯の上に載せる。それを口に運んだ。
「そして、俺という武士が守るべきものは、民衆だ。
天下を取ろうとすれば、何かしらの痛みを伴うよ。そして1番傷むのは、俺じゃない。いつだって民草だ。この財前家を、……俺を活かしてくれる人達を犠牲にする事は出来ない。
今の状態で充分やっていけてるんだから、俺はこの状態を維持する事に心を砕く事にしてるよ」
「……」
「まあ……ただ」
クロキが黙り込む。俺はご飯を呑み込んだ。
早く食べ終えないと、約束の刻限が来てしまう。
「どうしても戦う事でしか人々を守る事が出来なかったら、その時は」
「兄上、伊達が来たぞ」
「げっ、もうそんな時間?」
突如障子が開かれる。そこには弟がいて、焦った顔で俺にその事を告げた。……あの人、真次郎に偶に迫るから、早く隠れたいんだろう。俺は急いで残りのご飯を掻き込みながら、クロキを振り返った。
「クロ君お願い、ちょっと相手しといて。俺も急いで行くから」
「……畏まりました」
彼は素直に頷いて、立ち上がった。
俺の横を黙って擦り抜け、真次郎の脇を頭を下げながら擦り抜け、廊下を歩いていく。
そんな彼の後ろ姿を眺めていたらしい弟は、何とか全部腹の中におさめた俺を見下ろした。
俺と同じ形の唇が、開く。
「『その時は』、どうするつもりだ。兄上」
「……わかってる癖に」
俺は笑って箸を置いた。
伊達が遊びに来た日の、昼時の事だ。
End.