或る酔っ払いの愚痴
これもネットのコピペからネタを拝借しました。衆道に関する酔っ払い初代小十郎の愚痴……に付き合わされる純一郎。お人好しなんだと思います。あ、小十郎(初代)の酒癖が悪かったなんて話はなかったと思います、よ……軍師だし、主君がアレな分しっかりしてたと思いますが、ただ酒を飲むと理性がなくなるものなので愚痴くらい出たかもね☆的な感じでこんな話が出来ました。まぁ普通なら主君の悪口を余所の武将に言ったりしなかったでしょうが、作中の通り純一郎は絡まれて愚痴られやすい男という事で。
「大体藤次郎様はいつも勝手なのです……」
目が座っている。怖い。
いつも舌先三寸で戦を回避しまくっていた身としては、いかにも実戦慣れしている感じの顔が怖い。その口で戦を回避する為に対峙する時なら痛む胃から勇気や度胸や悪知恵などを絞り出すけど、宴の場となればそうもいかない。
(こういう時の酔っ払いには抵抗しないに限る)
ちびちびと酒を飲みながら、なぜか俺の隣に座っている彼を横目で見る。……隣は彼の言っている伊達藤次郎政宗だった筈なんだけど、かなり荒れた宴席だから席順なんて上座も下座も関係なくなっているんだろう。それにしてもその隣にいた伊達はどこに行ったんだ、厠だろうか。そんな事を考えながら猪口を傾けていると、隣に座った男はブツブツぼやき出す。
「いつもいつもいつも家臣に無茶振りするし、家臣の妻には手をつけるし、何かと問題を起こしては家臣に『これ何とかしといて』と丸投げしてくるし……」
「はあはあ、そうですかそうですか」
「訊いてますか財前殿!?」
「訊いてます訊いてます」
右から左に流すように。とは言わずにまた猪口を傾ける。先程からずっとこの調子でこの男に愚痴られていた。一応俺は同じ奥州とはいっても伊達家の配下でなければ、まだ若いけど一端の武将なのだ。それなのに軍師がこんなに他家の当主に自分の主君の愚痴を零していいものだろうか、それとも何かを試されているのだろうか……とも考えたけど、そういえば昔から酒の席では父からも家臣からも分家の親戚からもやたらに絡まれる自分の謎の性質を思い出して、ひたすら聞き流していた。もう半刻も彼の愚痴を訊いている気がする。
(俺って威厳ないのかなあ……いやそりゃ若いけどさ俺。一応他家の当主なんだからもうちょい敬って欲しいもんだけど。……伊達の人なら仕方ないか……)
諦め半分で、自分で自分の猪口に銚子から酒を注ぐ。その間にも真っ赤な顔をして彼は愚痴を続けていた。けど今度は新しい人名が出て来た。
「この間など、この間など、小早川殿に会った時なんて……」
「はいはい小早川殿がどうしたんですか」
酒を呷りながら目線を合わせず相槌を打つ。小早川といえば、今は小早川秀秋の事だろう。かの策謀家で知られる毛利元就――彼の策士ぶりを父から訊いた時は「安芸周辺の大名じゃなくてよかった」とつくづく思った――が推し進めた婚姻政策で乗っ取ったひとつの家が小早川家で、そこの当主はまだ相当若かった筈だ。俺よりは確実に年下だろう。しかし彼と伊達が会った事があるなんて知らなかった、などとつらつら考えていると、……もしかして涙ぐんでいるのだろうか、彼の声は鼻声だ。
恐る恐る隣を窺う。窺って、ちょっと後悔した。だから視線を自分の膳に戻したところで、俯いていた彼から愚痴が続く。
「……た、楽しげに談笑してるな、と思ったのですよ……」
「うんうん」
「そうしたら、小早川家の客将の、浦山景綱という男がおりまして」
「うんう……うん?」
相槌を打ちかけて、ちょっと思いとどまる。
「浦山景綱」という名前には聞き覚えがある。確か結構有能な人らしい。けど何より有名なのは……
膳を叩いたら引っ繰り返るからだろう、彼が自分の膝を叩いた。
「藤次郎様、小早川殿にこう申し出たのです……『浦山殿を家臣として下され』と……殿、いつの間にか彼を見たらしくて、一目見て欲しくなったとか」
「美少年で評判ですからねえ浦山殿は」
俺は頭を左右に振る。
伊達藤次郎は衆道を好んでいる。かくいう俺も武将の例に漏れずそうなんだけど(豊臣秀吉や徳川家康なんかは例外だ、前者は農民出身だからともかく後者は人質生活が長かったとはいえ一応生まれついての大名なのにあまり好きじゃないらしい、珍しい)、すくなくとも無理に言い寄る事はない。……俺が靡かないから(俺は突っ込みたい方だから伊達とは合わない)偶に弟に手を出そうとするから勘弁して欲しいけど、その愚痴はまた今度だ。
彼は言った。
「そうしたら小早川殿は、恐らく冗談でしょう……こういったのですよ、『それだったら貴殿のところの片倉景綱殿を下され、景綱繋がりで。それなら良いですよ』」
「ちょっと、まさか伊達殿」
思わず顔を向ける。そして今度は物凄く後悔した。
泣き上戸なのか、鼻水とか涙とか、色んな体液が顔から出ている。
「殿は『あ、うんいーよ』って、私と浦山殿の文字通りの交換条件をあっさりその場で飲みおったのですよ!」
(伊達殿なら言いかねないな)
反射でそう思ったけど口には出さない。あまりの彼――片倉小十郎景綱の顔の惨状に軽く身を引きつつ、引き攣った愛想笑いを浮かべる。
「で、でも今ここに貴殿がいるのなら……」
「えぇ、私があまりの事に出て行こうとしたらさすがにその話は流れましたよ! なぜか浦山殿はこちらに寄越して下さいましたけど!! けど、けどあんまりです、私は恐れながらも藤次郎様が御幼少の砌からお仕えしていたのに、なぜ、なぜあのような仕打ちをォォ……!!」
「……小十郎、まだその話を愚痴っていたのか」
「伊達殿……」
終いには俺に泣きつこうとしてきたから咄嗟に避けて、床の上に伏して泣き始めた彼を眺めていた俺達の前に藤次郎が戻ってくる。その隻眼は呆れの色が濃く浮かんでいるけど、こうなった原因は彼なのだ。少しの間飲む事を忘れていた酒を再び傾けながら、どこからか戻ってきた藤次郎を見上げて言う。
「……伊達殿、貴殿の軍師でしょう。どうにかして下され、俺に絡んで仕方ないのですけど」
「面倒なんですがねこうなると……だから悪かったっと何度も言っているだろう……その場のノリでつい」
「一時の気分で物を言わないで下さい……!! あああどこで間違えた育て方ぁぁぁぁぁ」
床を叩いて大泣きする男なんて、見てても酒の肴にもならない。けど放っておく事も出来ず、俺は藤次郎と顔を見合わせて肩を竦めるばかりだった。
因みにこの片倉小十郎(初代)と同じ名前を持つ浦山景綱は、のちに石母田家に婿養子として入り、宗頼と改名。のちに片倉同様有能な家臣として伊達家に仕えたとかどうとか。
(何にしろ酔っ払い程迷惑なものはない)
俺は頷きながら、猪口を傾けた。
End.